ESSAYかぐらびと

一期一会の食体験をデザインするシェフ | レガーメ神楽坂

2025.05.21

「最初のクリスマスは予約ゼロ。でも、この店にかけた想いを、諦めたくなかった。」

そう語るのは、神楽坂通りに店を構えるイタリアンレストラン『レガーメ神楽坂』のオーナーシェフ・蒲生弘明さん。
現在ではテレビにも取り上げられるほどの人気店へと成長を遂げましたが、開業当初から大切にしている姿勢は、今も変わりません。食体験そのものをデザインする、そんな想いで日々、店に立ち続けています。
そんな蒲生さんの歩みは、今から21年前、ある出来事をきっかけに動き出しました。
衝撃的な人生の転機、神楽坂との偶然の出会い、そして一皿に込めた思いとは――。

レガーメ神楽坂 オーナーシェフ・ソムリエ・パティシエ
蒲生 弘明 Gamou Hiroaki

1973年、東京都生まれ。大学在学中の飲食店でのアルバイト経験から料理の道へ。千葉のリゾートレストランでフレンチを学び、都内の数店舗で経験を積む。ソムリエ資格を取得後、五反田の『アリエッタ』で料理長を務める。2013年3月、牛込神楽坂にオステリアを開業し、2024年6月、神楽坂通りに『レガーメ神楽坂』として移転オープン。料理とワインのペアリングを重視した体験型の食空間を提供している。


思えばあれからはじまった

開業までのいきさつを教えてください。
「30歳のときにバイクでもらい事故に遭い、生死の境をさまよいまして……」
ええっ?!
「本当に紙一重、運がよかったんでしょうね。奇跡的に一命を取りとめましたが、あの出来事は、自分の人生を根本から見つめ直す大きな転機になりました。自分の店を持ちたい――そんな思いがふと心に浮かんだのも、この頃です。でも、何から始めればいいのか分からず、自分にできることを模索するなかで、イタリアンに欠かせないワインを学んでみようと思い立ちました。当時はまったく飲めなかったのですが、勉強を重ねるうちにその奥深さにどんどん惹かれていって……気がつけば、ワインだけで何百万円もつぎ込んでいました(一同笑)。
そこからすぐに行動に移せたわけではなく、しばらくはレストランでの仕事に打ち込む日々が続きました。ただそのなかで、本当にやりたいことや譲れないこだわりが次第に自分の中に芽生えてきて、最終的に店を離れる決断をしたんです。退職を機に、やはり自分の店を持ちたいという思いが再び強くなり、ようやく夢に向き合う覚悟が固まりました。それが39歳のときです。」
オープン当初はご苦労も多かったのでは?
「そうですね。神楽坂は美食のまちですから、数ある名店のなかで新しいお店が注目されるのは簡単ではなく、最初はなかなか認知されませんでした。1年目はお客さまが全然来なくて、クリスマスイブにも予約が1件も入らず……。いてもたってもいられなくて、近隣のマンションにチラシを配りに行ったんです。当時の従業員は半ばあきらめムードで、僕ひとり、寒空のなかを走り回ってポストに投函して……。正直、あの体験には心が折れそうになりました。でも、この店にかけた想いを、諦めたくなかった。だからこそ、自分にできることを一つひとつ積み重ね、お客さまに誠実に向き合いながら、地道に続けていったんです。そうしているうちに、少しずつ店を軌道に乗せることができました。」

偶然が、最高の選択

話は戻りますが、どのようないきさつで神楽坂に辿り着いたのですか?
「実は、神楽坂に絞って探していたわけではないんです。個人事業主での初出店だったので、なかなか物件を貸してもらえなくて。あちこち申し込んでは断られて……という日々でした。そんななか、たまたま受け入れてくれたのが旧店舗だったんです。」
牛込神楽坂にあった旧店舗(2024年4月まで営業)
「神楽坂でやっていけるのだろうかという不安はありました。でも、当時はまだ家賃も今ほど高くはなかったので、まずはやってみようと前向きに思い直したんです。そうして続けていくうちに、神楽坂でよかったと実感するようになりました。旧店舗は昨年、建物の老朽化により取り壊されましたが、幸いにも現店舗に移ることができ、こうして今も営業を続けています。」
(左)神楽坂通りに面する新店舗/(右)店内
開業から12年、神楽坂の変化を感じますか?
「美味しいものが集まるまちとして、神楽坂の認知度は、若い方を中心に確実に高まっていると感じます。今では多くの料理人がこのまちでの出店を目指していますし、僕自身も神楽坂に特別な価値を見出しています。だからこそ、店名には“神楽坂”を、そして本物のフォンダンショコラをベースにしたオリジナルスイーツ“神楽坂ショコラ”にもその名を冠しました。神楽坂という地名自体が、ひとつのブランドとして強い力を持っていると実感しています。」
テリーヌショコラ(神楽坂ショコラ)。まずはそのままの濃厚さを。次に海塩で、味わいに奥行きを。

また会いたくなる、そんな料理を

お店の人気料理を教えてください。
「トリュフとポルチーニをたっぷり使ったカルボナーラですね。もともとは季節限定メニューでしたが、秋にポルチーニを使ったときの反響がすごくて。“茸の芳醇な香りと味がたまらない、なんで今だけなの?”という懇願の声が多く寄せられ、応える形で通年出すようになりました。」
カルボナーラをベースにしたのには理由があるのですか?
「人気メニューになるのは、まったく新しい料理ではなく、既存の料理をアレンジしたものだという持論があります。カルボナーラはとても人気のパスタですので、アレンジすればより多くのお客さまに喜んでもらえるのではないかと考えたのがスタートラインです。」
こだわりについて教えてください。
「カルボナーラは本場ローマのスタイルにならい、生クリームを使わず、卵とチーズ、黒コショウだけでシンプルに仕上げています。卵は、餌にまでこだわった徳島の“田村の卵”。濃厚な卵黄で、ソースに奥行きを出しています。豚肉はとろけるような甘みとコクのあるグアンチャーレ(豚のほほ肉の塩漬け)、コショウは香り豊かなカンボジア産の生コショウを使用。パスタは浅草の人気製麺所・開化楼の麺で、これを目当てに足を運んでくださるお客さまもいらっしゃるほど。見た目や香り、味のインパクトまで、いちばん美味しいタイミングをとことん追求して仕上げたひと皿です。おかげさまで、多くのお客さまにご好評いただいています。」
インスタ映えも意識なされているとか?
「ええ。味と香りだけでなく、視覚的インパクトも楽しんでもらいたいので、盛り付けを工夫しています。“つい写真を撮りたくなるビジュアル”と、お客様から驚きや喜びの声をよくいただきます。SNSでも映えるカルボナーラとして反応をいただけるのも嬉しいですね。」

“おいしい”の、その先へ

移転を機に変わったことはございますか?
「以前はアラカルト中心でしたが、今はコース料理主体に切り替えました。料理一品ごとに合わせたワインやドリンクを、その場で僕が注ぎながら、お客様と言葉を交わしつつご紹介しています。その一瞬一瞬の温度や香り、会話の余韻まで含めて、料理との相乗効果を味わっていただけるように。こうした食体験を、お食事とともに楽しんでいただけたら嬉しいです。また、僕自身も51歳になり、これからの20年を見据えるなかで、お客様一人ひとりとより深く、そしてスムーズに向き合えるよう、お店のスタイルを深化させていきたい――そんな想いも、この取り組みの根底にあります。」
ノンアルコールの対応も考えていらっしゃるとか?
「はい、今後はペアリングティーの提供も考えています。お酒を飲まれないお客様も楽しんでいただけるように、選択肢を広げていきたいんです。」
最後に、これからの展望をお聞かせください。
「神楽坂というまちが、僕とお店を育ててくれました。これからも、神楽坂らしい落ち着いた雰囲気や、人との距離の近さを活かしながら、お客様にとって居心地のいい空間づくりをしていきたい。“レガーメ=絆”という店名の通り、お客様との関係も、このまちとの関係も、もっと深めていけたらと思います。」
目の前の料理とグラスの中のワイン。温度、香り、タイミングが重なったその瞬間に、日常の景色が少しだけ変わって見える――。そんな食体験が、今日も『レガーメ神楽坂』で積み上げられています。

今回、取材にご協力いただいたのはオーナーシェフ・ソムリエ・パティシエの蒲生さん。
お店で会えたら「かぐらびと見ましたよ!」ってひと言、頼むな!

店舗情報

店名
レガーメ神楽坂
住所
〒162-0825 東京都新宿区神楽坂3-6-15 GE神楽坂ビル 3F
営業時間
[火・水・木・金]
18:00 - 00:00(L.O. 料理22:30 ドリンク23:30)

[土・日・祝日]
11:30 - 15:30(L.O. 料理14:00 ドリンク15:00)
17:00 - 23:00(L.O. 料理21:30 ドリンク22:30)
定休日
月曜日 ※祝日の場合は翌火曜日
駐車場
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この記事を書いた人

かぐらむら編集局

隠れた名店や話題の最新スポットを実際に訪れ、取材しています。神楽坂を知り尽くした編集局ならではの視点で、皆さまに新たな発見をお届けします!

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