ESSAYかぐらびと

日本の器を、もっと自由に。| うつわショップ佑楽(ゆうらく)

2025.06.18

「美しいってなんだと思いますか?」
柔らかな口調で、でもきっぱりと語られた言葉に、思わず背筋がすっと伸びる。

高価なこと? 有名な作家の名前があること? 整っていること?

いろいろな美しさがあるけれど……と前置きをして、佐藤さんは続けてくれます。
「いいなって、心が動くこと。誰かの暮らしの中で、そっと馴染んで、ああ、今日もよい日だなって思えること。私にとっての美しさって、そういうものなんです。」

今回は、神楽小路で作家物のうつわを扱う『うつわショップ佑楽』の店主、佐藤美奈子さんからお話を伺いました。

うつわショップ佑楽 店主
佐藤 美奈子 Sato Minako

海外暮らしが長く、外から見た日本の良さを知るからこそ、和の自分軸をしっかり持つ。フットワークは軽く、必ず工房を訪ね、作品とともに空気感や手ざわり、作家の佇まいごと持ち帰ってくる。道具が几帳面に整えられたアトリエからは、削ぎ落とされ研ぎ澄まされた気迫を、創作の熱が立ちのぼる工房には、いままさに生まれつつある表現の息づかいを。ものを点ではなく線で見る目には、作品だけでなく、作家本人を信じる店主のまなざしが滲む。


異国暮らしで見えた、和の深さ

“日本の暮らしの美”に目を向けたきっかけは、どのような経験からでしたか?
「実は、私も夫も若い頃から長く海外で暮らしていて、現地で日本文化への関心や評価に触れるうちに、その魅力をあらためて実感したんです。それからというもの、ますます和の世界に惹かれていきました。そんな気持ちがきっかけで、日本文化に親しんでもらえるお店を持てたらいいなと考えるようになりまして。最初は和食とワインのお店をやろうと思ったんです。夫はフランスに住んでいたことがあり、ワインが好きでしたし、家飲みのおつまみには和食をよく作っていましたから。でも、飲食は2人ともまったくの素人で、ハードルが高かった。じゃあ、次に何が好きかなと考えて、最終的に食を彩る器に行き着きました。ほら、食卓にお気に入りの器があるだけで、豊かな気持ちになるじゃないですか。」
もともと器に親しんでおられた?
「親しんでいたというか、縁があったというか。私の祖父が陶芸家だったし、夫も瀬戸物で有名な愛知県の瀬戸で仕事をしていたことがあり、作家物の器には馴染みがありました。」

暮らしのとなりにあるお店

どんなご縁から神楽坂で開業を?
「実は2010年から神楽坂に暮らしているんです。東京で住む場所を探していたとき、夫とも“ゆっくりと散歩のできるまちがいいね”と話していて。そうして出会ったのが神楽坂でした。風情があって歩くのが楽しく、人もあたたかい。気づけばすっかりまちのとりこになっていて、お店をやるなら神楽坂がよいと自然に思えたんです。で、ありがたいことに、探し始めてすぐに今の物件に出会って。梁がそのまま残る、あたたかみのある古民家だったのが決め手でした。」
「作家物の器と聞くと敷居が高そうと思われるかもしれませんが、ご覧の通り、うちはまったくそんなことはないんです。格式よりも暮らしの延長。佑楽は、誰かのおうちのような、ほっとできる場所にしたかった。だから、即決でした。」
最初からしっかりとしたイメージがあったのですね。
「はい。よくあるコンクリート打ちっぱなしのギャラリーもオシャレで素敵だけど、私はごはんを食べているところが想像できるような空間がよかった。だから、家具からお香の匂い、音楽に至るまで、昭和アンティークで統一しています。おかげ様で“こんなに心が落ち着くお店だと思わなかった”ってよく言われます。」

器選びに“正解”はいらない

やはり、器にこだわりを持たれているお客さんが多いのですか?
「実は振り幅が大きくて、いろいろなヒストリーをお持ちの方がご来店くださいます。日常使いの品、神楽坂観光のお土産、料理人の方がお店で使う器。海外の方も多いですね。開業前は器に造詣の深い、落ち着いた世代の方が多いかと思っていたのですが、意外にもそういったお客様は少なくて。うちは、何焼きで誰の作品というブランドより、“これ素敵、持ち帰りたい”って思える感覚を大事にしているからかもしれません。」
専門知識がないと、作家物は買えないと思い込んでいました。
「私たち自身、焼き物の専門家じゃないですし、土の違いを作家さんに教えてもらったときに“へぇ〜”って言ったくらい(一同笑)。でもそれでいいと思うんです。お洋服だって、繊維の産地を決め打ちにして買う人って少ないじゃないですか。“これかわいい、似合いそう”で選ぶ。それがよいと思うんですよね。」
いろいろな作家さんの作品を扱われていますね。
「最初は5人くらいの作家さんからはじめて、今では50人以上とお取引があります。インスタでよいなと思ったらすぐDMを送る。きっかけはオンラインですが、お取り扱いする際には必ず工房に伺うようにしています。そこが北海道でも九州でも。実際の制作環境や作家さんのお人柄に触れて、そのぬくもりごとお店に並べたくて。逆に作家さんからご紹介していただくこともあります。自分ではつながれないご縁が広がるのは、本当にありがたいです。」
展示テーマやラインナップに、ときめいてます。
「ありがとうございます。季節感や暮らしとの調和を大切にしながら企画しています。今月からは涼を感じるガラス製品(下記左上)を、盛夏には木のうつわを中心にご紹介する予定です。そうそう、この時期は白地に絵付けが施されたうつわ(下記右上)も人気なため、ラインナップに加えているんですよ。他には猫や動物をテーマにした、遊び心ある展示会を定期的に開催しています。価格も“今日から使える”がひとつの目安。気軽に手に取りやすいものを並べるよう心がけています。」
5月に行われた『白亜器の世界2025』。両方とも売約済。

小さなうつわで、世界とつながる

これからの展望をお聞かせください。
「最近は海外からのお客様も増えてきましたので、初心を忘れず、日本文化の魅力を伝える場所であり続けたいと思っています。」
海外の方はどのような反応を?
「インスタで佑楽を見つけて、“日本に来たら立ち寄りたかった”と、訪ねてくださる方が多くて。うれしいですね。ここに来れば、いつでも心躍る出会いや、気持ちにぴったりのうつわたちが見つかる。そんなふうに思っていただけたら。作家物との出会いを通して、日々の暮らしが少し楽しくなったり、気持ちがやさしくなったりと、日常にそっと寄り添える店でいたいと思っています。どうぞ気軽にふらっとお立ち寄りください。」
ここは、うつわと日々の暮らしをつなぐ場所。
作家の想いがこもった、日常の景色を少しだけやさしく変えてくれるうつわたちが並んでいます。

今回、取材にご協力いただいたのは店主の佐藤さん。
お店で会えたら「かぐらびと見ましたよ!」ってひと言、頼むな!

店舗情報

店名
うつわショップ佑楽(ゆうらく)
住所
〒162-0825 東京都新宿区神楽坂2-10 2階
営業時間
11:30 - 18:00
定休日
火曜日・水曜日
駐車場
公式SNS
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この記事を書いた人

かぐらむら編集局

隠れた名店や話題の最新スポットを実際に訪れ、取材しています。神楽坂を知り尽くした編集局ならではの視点で、皆さまに新たな発見をお届けします!

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