ESSAYかぐらびと

【開店】老舗のバトンをつなぐ | 紀の善(きのぜん)

2025.07.18

「神楽坂に紀の善を残したい。その思いで、ここまで来ました」

創業160年の老舗「紀の善」が、店主高齢化など、諸般の理由でその歴史に幕を下ろしたのが2022年9月末。味を惜しむ声が絶えなかった同店の暖簾を新たに引き継ぐひとが現れ、2025年7月18日、場所を変えての開店となりました。

第24回のかぐらびとでは、「紀の善」復活までの舞台裏をお届けいたします。

株式会社クリエイト・レストランツ 
フードコート事業部 兼 和カフェ事業部 事業部長
鈴木 慎哉 Suzuki Shinya

クリエイト・レストランツグループは、日本をはじめ、北米やアジアを含むエリアに226ブランド・1,116店舗(2025年2月時点)を展開する外食企業。日々、料理やサービスの新しい価値を作り出すことにチャレンジしている。主なブランドに、磯丸水産、しゃぶ菜、サンジェルマン(パン)、つけめんTETSUなどがある。


ファンが起こした再生劇

再開までの経緯をお聞かせいただけますか?
「当グループの役員にも紀の善のファンが多く、店頭告知で閉店を知り、“紀の善はまちになくてはならない存在だ、なんとか残せないか”と模索しはじめたのが2022年10月です。共通の仕入れ業者さんを通じて、冨田ご夫妻にコンタクトを取り、“神楽坂から紀の善を失わせたくない”という思いを率直にお伝えしました。紀の善で長年餡づくりを担当していた中村さんを弊社に迎え入れ、暖簾を引き継ぐことが正式に決まったのは、翌2023年4月のことです。」
懐かしい旧店舗の写真
さわやさんの跡地での再開は、いつ頃決まられたのでしょうか?
「2023年11月となります。それまで週に何度も神楽坂に足を運び、出店場所を探し回る日々が続いていました。 当時、“紀の善”の名は社内でも秘密裡に扱われており、場所探しの際も店名は伏せていたため、説明には正直苦慮する場面も少なくありませんでした。転機は中村さんと一緒にまちを見て回った帰り道でした。たまたま陶柿園の三代目、舘林和信さんにお声がけいただき、“出店場所を探している”とだけお話ししたところ、その場で不動産屋さんに駆け込んでくださいまして、最終的にさわやさんに辿り着きました。」
「新たな店舗づくりは、牛込消防署や保健所との綿密な打ち合わせからはじまりました。前店舗と同じように、店内には必ず製餡所を設けたい。倉庫として使われていた地下は、お客様にくつろいでいただける客席へと改装したい。そのためには、換気や避難経路の確保をはじめ、階段の位置変更など、導線全体を一から見直す必要がありました。最善の設備を整えるまでに、約1年半。決して平坦な道のりではありませんでしたが、多くの方々のご尽力とご縁に支えられ、こうして再び神楽坂の地に暖簾を掲げることが叶いました。」

私たちにとっても初めての挑戦でした

伝統継承型の経営はこれまでにも行われていたのですか?
「今回のように、歴史ある個店を引き継ぐケースは初めての試みです。弊社は、もともとは5店舗ほどの小さな事業からスタートしました。2000年以降、郊外ショッピングモールへの出店を加速させたことで、事業展開も大きく前進。 2001年時点で37店舗だった規模は、2006年には300店舗を超えるブランドにまで成長しました。その経験をもとに、駅ビルのカフェ、ショッピングモールのフードコート、そして高級業態まで、“マルチブランド・マルチロケーション”で、ブランド展開を進めてきました。ひとつのブランドだけに絞らず、多様なブランドを展開する“マルチブランド”と、地域や立地に合わせた業態や店舗設計を行う“マルチロケーション”という考え方です。ですので、今回の紀の善についても、まちにとって大切な存在を、きちんと次の世代へと受け継いでいきたい、そういう思いで取り組んでいます。」

形を変えても守り続ける味

暖簾を引き継ぐにあたり、変わらないものもあれば、変わったこともあるかと思います。
「製餡を担当していた中村さんが中心となり、紀の善の味を再現しております。食材は以前と同じ業者から仕入れておりますし、調理器具や工程もほぼ変わりません。唯一異なるのは抹茶です。以前使っていたものが入手困難だったため、選び抜いた同品質の抹茶を使用しております。また、店舗規模が約1/3に縮小したことから、食事の提供は行わず、和スイーツに特化した営業形態に変更しました。」
店長の永松麗美さん
この茶碗は以前と変わらないようにお見受けします。
「はい。前店舗で使用していたものを陶柿園さんが大切に保管してくださっていたので、それを再び使っております。不足分は、陶柿園さんに追加注文して揃えました。お茶敷(茶托)も陶柿園さんのものを使用しています。お茶も以前と同じく、楽山さんから仕入れたものです。器や茶碗まで含めて、これまでの紀の善を大切にしたいと考えております。」
地元神楽坂「楽山」の銘茶を「陶柿園」の茶器で
大切にしていると言えば、タウン誌時代の『かぐらむら』の、春のギフト特集を思い出します。冨田さんの奥さまが“うちのものは、その日のうちに食べなきゃいけないから、ご贈答用は無理です”とおっしゃっていたんです。翌日食べようと思えば食べられるけれども、味が落ちてしまうことをよしとしない姿勢は、とても大切だなと感じました。『いいね神楽坂ギフト-夏の10選-』特集(かぐらむら68号)では、店舗をお借りして撮影もさせていただきました。
神楽坂から贈りたい!春のギフト』特集でも盛り付けを担当してくださった、製餡主任の中村貴一さん
紀の善さんの抹茶ババロアといえば、ドラマ『ラブストーリー』や『さぼリーマン甘太朗』でも登場していますよね。
「ええ。他にも、乃木坂46の『他の星から』という曲の歌詞に、紀の善のあんみつが出てきます。秋元康先生が栗ババロアを好まれていたことがきっかけで、歌詞で使いたいという話になり、前店舗時代にミュージックビデオの撮影も行われました。乃木坂46のファンの方々が、聖地巡礼としてよくご来店くださっていたとも聞いております。今回の再開にあたっても、“ファンの方々のためにも、あの空間は必ず残すべきだ”という強い信念のもと、社内に提案して、実現にこぎつけました。」
(左)1日350個限定の抹茶ババロア/(右)『他の星から』の歌詞に出てきたあんみつ。西野七瀬さんがミュージックビデオで食べていたのは、クリームあんみつに夏季限定の白玉を追加したもの
地下1階にある再現エリア。三味線は実際の撮影で使われたもの

暖簾を受け継ぐ覚悟

これからの展望をお聞かせください。
「変わらずにご贔屓いただけること、それが何よりの目標です。開店準備の最中、“紀の善が戻ってきた、嬉しい”と、店先で涙されるお客様の姿を目にすることがあります。やってよかったと心から思うと同時に、紀の善が背負う伝統の重みに身が引き締まる思いです。これまで支えてくださったお客様や、まちの方々への感謝の気持ちを胸に──50年後も、変わらず紀の善がある。そんな未来を目指しています。」
かつての紀の善では、能楽観劇や和のお稽古後に着物姿の方々が立ち寄って、甘味とともに語り合う──そんな光景が日常でした。
夏の終わりの静かな別れから季節がめぐり、あの空間がふたたび神楽坂に戻ろうとしています。

今回、取材にご協力いただいたのは鈴木さん、永松さん、中村さん。
お店で会えたら「かぐらびと見ましたよ!」ってひと言、頼むな!

店舗情報

店名
紀の善(きのぜん) 神楽坂
移転オープン
2025年7月18日(金)
住所
〒162-0825 東京都新宿区神楽坂2-12 さわやビル1F/B1F
営業時間
11:00開店
※在庫状況や季節に応じて閉店時間が変動。
定休日
駐車場
公式SNS
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この記事を書いた人

かぐらむら編集局

隠れた名店や話題の最新スポットを実際に訪れ、取材しています。神楽坂を知り尽くした編集局ならではの視点で、皆さまに新たな発見をお届けします!

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