ESSAYかぐらびと

心を束ねる奥神楽坂の花屋さん|ジャルダンノスタルジック

2026.03.18

「新しいものが美しいと思っていた。でも、その価値観が大きく揺らいだんです」

古いもの。
少し雑多に見える空間。
時間を含んだ佇まい。

外国での体験は、奥神楽坂の小さな花屋へと、静かに形を変えました。
フランス語で“懐かしい庭”を意味するジャルダンノスタルジック。
思い出の中のような臙脂の扉を開けると、笑顔で迎えてくれたのは、青江健一さんと加藤孝直さん。
今回は青江さんからお話を伺いました。
 

共同経営者兼フローリスト
青江 健一  Aoe Kenichi

写真左。2011年11月、花とお菓子のアトリエ” jardin nostalgique”を設立。作品制作やレッスン、各地マルシェ出店などを行う。2012年10月、東京・神楽坂にショップをオープン。現在は生花販売、オーダーアレンジメント、フラワーレッスン、焼き菓子の販売を行っている。


はじまりは、うちの庭

お花の道に進まれたきっかけから教えてください。
「物心ついた時から花が好きでした。実家の庭では季節の花を植えて楽しみ、家の中では図鑑を開いては眺めていました。昔のお絵かき帳を見返すと、花の絵ばかりで。」 
研究者のまなざし、というより。
「そうですね。思い返せば、植物の特性よりも色彩やフォルムといった、造形の美しさの方に興味を覚えていました。」 
そこから一直線に花の道を進まれたのでしょうか。
「実は中学・高校の頃は、一度その関心から離れています。当時は進学を前提とした空気が強く、周囲の流れに沿うように勉強へと意識が向いていました。ただ、何かをつくることへの興味自体は残っており、色や形を扱う仕事として、パティシエを志した時期もあります。しかし家族の意向もあり、その選択はいったん脇に置いて大学へ。学部は消去法のようにして興味の対象を絞っていく中で、唯一その時心に引っかかった農学部。三年次になり、研究室を選ぶ段階で花を対象とする研究室を自然に選んでいました。そこで、ようやく思い出したのです。自分が何を好きだったかを。」 
 
しかし研究者にはならなかった?
「はい。研究を続けるなかで、自分の関心がはっきりしました。対象を分析することよりも、花の重なりや余白を探りながら、その場にしかない表情を形づくることに、強く惹かれていると気づいたのです。」
 
その自覚を経て、卒業後はどのような道を選ばれたのでしょうか。
「都内でフラワーショップを多く運営していた旧株式会社小田急ランドフローラ(現在は株式会社ランドフローラ)に就職しました。スタッフとして店頭に立つところから始まり、店長として店舗運営にも携わりました。現場の実務から経営の視点まで、多くを学ばせて貰ったと思います。」

「店頭に立ち、お客様と対話を重ねながら花を届けることは、私にとって何より充実した時間でした。ただ一方で、組織の中にいる以上、店に立ち続けることはできない。いずれ本社に異動して現場から離れることになるだろう。そういう思いが、常にありました。また、比較的早い段階で責任ある立場を任せていただいた分、自身の技術が十分に追いついていないのではないかという課題意識も芽生えていました。表現者としての基礎を、あらためて磨き直したい。その思いが次第に強くなっていったのです。」

ほどけていく価値観

それで会社を辞められた?
「ええ。フランスに渡ってまず語学を学び、続いてフローリスト養成校ピベルディへ入りました。 しかし、パリの花屋を見て回るうちに、“教室で学ぶだけではあの空気までは掴めない”と感じるようになって。コース修了後はワーキングホリデーに切り替え、花屋で働きながら現場で学びました。滞在は合わせて1年7か月。その日々のなかで、“新しくて整ったものが美しい”という、それまで自分が当たり前のように抱いていた感覚が、少しずつほどけていきました。」 
どのように変わられたのでしょうか。
「シャンペトルと呼ばれる田園風のスタイルに強く心を動かされ、古いものを愛でるという感覚に出会いました。とりわけ最後に研修していたお店の佇まいは、深く心に残っています。帰国後は、その印象を頼りに、ジャルダンノスタルジックの空間をかたちにしました。後日、フランス人オーナーが店を訪ねてくれた際に、“とてもうまく真似たわね”と冗談まじりに笑顔で言ってくださって。ああ、伝わっているのだな、と素直にうれしく思いました。」

 

それぞれのピース

加藤さんとの出会いについてお聞かせください。
「加藤はもともと埼玉で花屋「笑幸香(しょうこうか)」を営んでいました。ただ、花だけでなく、お菓子も含めた店をつくりたいという構想を持っていて。その思いから一時閉店をし、福島のケーキ店で三年間修業を重ねました。帰郷後は大田市場内の生花仲卸に勤めながら、花屋を再開しています。ちょうど同じ頃、私もフランスから帰国しました。独立を見据え、卸側の経験を積むために大田市場へ。そこで出会ったのです。」 
共同経営者でフローリスト兼パティシエ 加藤孝直さん(左)
個々に独立という選択肢があるなかで、共同という形を選ばれた理由は何でしたか。
「市場では同世代の仲間とよく将来の話をしていました。フラワーアーティストを目指す人もいれば、装花を専門にしたい人もいる。目指す方向はさまざまでしたが、私たちは“店を構え、お客様に直接届けたい”という思いが同じでした。花の好みも近く、話すうちに自然と意気投合していきました。加藤は花とお菓子を同じ空間で届けたいと考えていて、私はシャンペトルのような余白のある店にしたいと思っていた。それぞれの強みを掛け合わせれば、よりお客様に喜んでいただける店にできると考えました。二人でなら、夢を実現できると。」 
加藤さんが手がけるスイーツ。季節を映す。(左)/この奥で加藤さんのお菓子が生み出される。(右)
そこで奥神楽坂を選ばれた?
「実は、いくつかの候補のうちのひとつが神楽坂でした。地名を目にしたとき、お客様から“素敵なまち”と聞いていたことを思い出しました。実際に訪れてみると、道でフランス語の会話が聞こえてきて。その響きに、まちとの距離がすっと縮まるのを感じました。神楽坂の知人のサロンでフラワーレッスンを行う機会にも恵まれ、気がつけば神楽坂との関わりが少しずつ深まっていき、いまに至っています。」 
店を運営するなかで、互いに見えてきたものはありますか。
「こだわりの置きどころに、それぞれの感覚があることに気づきました。そこを理解するには、少し時間が必要でしたね。でも続けるうちに、相手に委ねる部分と自分が担う部分が自然と定まっていきました。いまでは多くを言葉にしなくても通じるようになっています。」

心を置く場所

ジャルダンノスタルジックはどんな店でありたいとお考えですか?
「自然の揺らぎを含んだ庭のような空間でありたい。そこに立つと、それぞれの記憶や感覚がふと立ち上がり、自然と花に目が向く。そんな店であれたらと思っています。」
お店を続けていくうえで、大切にしていることは何でしょうか。
「無理に広げないこと、です。いまのペースがとても心地よいと感じていますので、規模を大きくするのではなく、この場所を深めていきたい。店を続けるための工夫は必要ですが、根底にあるのは、お客様に喜んでいただきたいという思いです。花はモノというよりも、気持ちに近いものだと考えています。誰かに贈るときも、自分のために選ぶときも、その時間が心に残るものであれば……それが、この店を続ける理由なのかもしれません。」 
お店に伺ったのは、東京では珍しく雪の降る日でした。

「このあとフラワーアレンジメントのレッスンなんですよ」
そう話す青江さんの表情は、とてもやわらか。

外観を撮影していると、通りがかった三人組が足を止めました。
「ここ、素敵ですね」と、私に声をかけながら店先を写真に収め、まだ開店前だと知ると、少し名残惜しそうに、この場を離れていきます。

雪の日の朝。 かけがえのない時間を過ごすために、この店を訪れようとする人がいる。
寒さのなかでも立ち止まり、写真を撮って記憶を持ち帰る人もいる。

ジャルダンノスタルジック。
その名のとおりのお店でした。

今回、取材にご協力いただいたのは共同経営者兼フローリストの青江さん。
お店で会えたら「かぐらびと見ましたよ!」ってひと言、頼むな!

店舗情報

店名
jardin nostalgique(ジャルダンノスタルジック)
住所
〒162-0808 東京都新宿区天神町66-2 高田ビル 1階
営業時間
[月水金] 12:00 - 17:00
[木] 10:00 - 17:00
[土日] 11:30 - 19:00
定休日
火曜日
駐車場
なし
公式SNS
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この記事を書いた人

かぐらむら編集局

隠れた名店や話題の最新スポットを実際に訪れ、取材しています。神楽坂を知り尽くした編集局ならではの視点で、皆さまに新たな発見をお届けします!

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