ESSAYかぐらびと

【開店】ひと皿がコース、季節を味わうかき氷 | お茶と果物 扇屋

2026.04.01

「振り返ってみると、うちはいつも人に支えられてきました。」

赤城神社のほど近くに、季節の果物を使ったかき氷とお茶を楽しむ店が生まれました。
旬を映す一杯には、長く続く家業の教えと、人とのご縁が重なっています。

第31回かぐらびとでは、株式会社千屋 羽賀厚弘さんと桃子さんにお話を伺いました。

株式会社千屋 代表取締役/カフェ事業部 部長
羽賀 厚弘 / 羽賀 桃子  Haga Atsuhiro / Haga Momoko

明治34年創業の株式会社千屋は新潟市に本社を構える。現在、フランチャイズとして「佐渡弁慶」「お茶と果物 扇屋」を手がける。


商いは、人の縁からはじまる

ご家業の本拠地は新潟と伺いました。
 羽賀 厚弘さん (以下:厚弘さん)
「はい、創業は明治34年、屋号は扇屋。当初は全国の珍味を卸す食品商でしたが、祖父の代から酒類も扱うようになり、戦後に業務用酒販店としての基盤を築きます。私は営業を一手に担う形で会社に入りました。午前中は配達、午後から夜にかけては営業。朝から深夜まで靴底がすり減るほど飲食店を回りました。この時期に受けた数々の恩は、いまでも忘れていません。」 

「飲食店に酒を納める以上、自分が飲食を理解していなければならない。そう考え、本格的に飲食の勉強を始めたのが四十歳を前にした頃です。そこからはお客様と二人三脚で売上を築く体制へと変えていきました。いずれは自分でも県外に出て、新潟の魅力を伝える店を開けたら――そんな思いが浮かんだのもこの頃です。」

「ただ、父は業態を広げることには慎重で、酒販のみに軸足を置くべきだという立場でした。その父も亡くなり、一周期を迎えたことを節目に、東京で新潟居酒屋に挑戦することとなりました。順調に進んでいた矢先、コロナ禍に直面しまして……。厳しい局面ではありましたが、この時期に、いまにつながる新たなご縁ができました。食べログの回転寿司部門で全国1位を何度も獲得している"佐渡弁慶"さんです。コロナ対策の交流会でお会いして意気投合。話のなかで小崎社長から、全国出店についてのご相談をいただきまして、一緒にフランチャイズを進めることに。現在、新潟以外に3店舗展開しております。」 
佐渡廻転寿司 弁慶 浦和パルコ店
かき氷店もご縁つながりの開店だとか。
 厚弘さん 「はい。友人が新潟で開いた『団吉氷店』のかき氷の美味しさに衝撃を受けて、この味を東京で広めたいと率直な思いを伝えました。そこから準備期間1年置いての開店となります。」 

世代を越えて残るもの

ご両親が家業を営むなかで、どのように過ごされていましたか?
 厚弘さん 「両親は店の切り盛りで忙しく、私たち兄弟四人を育ててくれたのは祖父母でした。祖父は寡黙で筋を通す、いわゆる明治の男です。私の父が結婚して間もない頃、これからはお前の時代とだけ言って、商いを継ぐ覚悟だけを残し潔く隠居。子どもの頃の私にとって、祖父母が親のような存在でした。一方、父とは少し距離がありました。長男だった私は、物心ついたころから、父に跡取りだと言われて育ちました。正直に言えば、当時は反発する気持ちもありました。なぜ最初から自分の道が決まっているのか、と。」 
 
お祖父様やお父様からは、どのような教えを受けましたか?
 厚弘さん 「祖父からは生き方そのものです。縁を大事にしろ、人に優しくしろ、受けた恩は返しなさい、と言われて育ちました。父からは物の善しあしを見る目を叩き込まれています。父は自分を酒屋ではなく「珍味屋」と呼んでいました。珍味屋の息子なんだから、まずいものは食うな、うまいものを食ってそれをお客様に届けなさい、と。面白い店や美味しい店ができたと聞けば連れて行かれ、徹底的に鍛えられたんです。会社を引き継ぐとき、父からはこうも言われました。受けた恩は必ず返せ、商売は数字ではなく人との関係で成り立っている、困っているときに助けてくれた取引先はどんな時代になっても大切にしろ、と。」 

「……自分が親になって、はじめて祖父母に子育てを任さざるを得なかった両親の気持ちがわかりました。気づけば私もまた、娘を同じ立場に置いてしまったからです。」
 
 羽賀 桃子さん (以下:桃子さん)
「父は気にしているようですが、私は寂しいと思ったことはありませんでした。学業やお稽古ごとに夢中で、毎日が充実していました。愛情を込めて育ててもらったと思っています。」 
 厚弘さん 「祖父や父から受け取ったものを、今度は娘へ。それぞれが自分の思う最善を子に伝えていく。そうして受け継がれていくものがあるのだと思います。」 

通い続けたまちに、店が生まれるまで

神楽坂とのご縁を教えてください。
 厚弘さん 「神楽坂は昔から定期的に足を運んでいたまちでした。そこに、大学進学を機に東京へ出てきた娘も加わりました。娘が社会に出る前に、味の経験を積ませたいと考えたからです。」 

 桃子さん 「私にとっても神楽坂は印象に残るまちでした。どの店でも料理や接客に妥協がなく、お客様もその価値をきちんと理解してくださる。総合酒類メーカーに就職が決まり、現場を経験したいと考えた際に選んだのも神楽坂のビアバーでした。総合酒類メーカーから家業に戻ったのは、父がこの店を開くと決めた時です。自分では現場を回せないからと、私に声がかかったんです。」 
開店にあたり、団吉氷店で修行をした桃子さん。「氷の削り方で口当たりが大きく変わりますし、素材の扱い方によって味の印象も変わってきます」と語る。
 厚弘さん 「出店場所の候補はいくつかありましたが、店のコンセプト、お客様にくつろいでいただける場所――条件を重ねたうえで、最終的に神楽坂に決めました。」 
あたたかみのある内装やカウンターの盆栽は、お客様にくつろいで過ごしていただきたいという思いから。

ひと匙ごとに広がる、季節の余韻

かき氷についてお聞かせください。
 厚弘さん 「先にお話しした通り、団吉氷店さんの味を東京に届けたいという思いから、この店ははじまりました。団吉氷店さんは、新潟で約70年前に創業した中野酒店さんが前身です。廃業にあたり、創業者のひ孫さんが屋号の『団吉』を受け継ぎ、かき氷店として新たにお店を構えました。団吉氷店さんのかき氷は、季節の果物を主役にした一杯で、味や香りの層が重なっているのが特徴です。見た目はかき氷ですが、どちらかというとコース料理を一皿にまとめたような感覚に近いと思います。果物の甘さだけではなく、メニューによってはスパイスをきかせたり、ジュレを忍ばせたり。酸味や香り、ほろ苦さや食感などが組み合わさって、食べ進めるごとに味わいが変化していくんです。そのような経緯もあり、お店のコンセプトである『お茶と果物』をもとに、メニューは団吉氷店さんにご考案いただいています。」
新潟市の団吉氷店
店内で提供されるお茶も新潟から取り寄せたもの。『神楽坂ブレンド』『扇屋ブレンド』は店のオリジナルで、茶葉の購入も可能。
春の新作は、こだわり抜いたいちごのかき氷と伺いました。
 桃子さん 「はい、新潟県・新発田ファームさんが育てた苺『越後姫』を使ったかき氷です。越後姫はみずみずしい甘さが特徴。果肉がとても柔らかいため、東京ではなかなか出回らない品種なんです。その越後姫の魅力を引き出した苺シロップにバルサミコ酢の酸味、ローズミルクやマスカルポーネクリームを重ね、奥にはローズヒップティーのジュレを忍ばせています。シロップやジャム、あんこなど、店で提供するものはすべて奥の工房で手作りしています。」 
春の新作「苺」。残念ながら、この春は3月31日までとのこと。
 厚弘さん 「神楽坂は季節を大切にするお店が多いまちです。うちのかき氷も、その時期にしか味わえないものを大切にしています。神楽坂に来たときに、そんな一杯を楽しんでいただけたら嬉しいですね。」 
 
千屋さんの座右の銘は「百里の道も一足(ひとあし)から」。
新潟で信頼という名の小さな一足を重ね、人との縁も深めて、それが神楽坂の扇屋へとつながりました。

今回、取材にご協力いただいたのは代表取締役の羽賀厚弘さんと、カフェ事業部 部長の羽賀桃子さん。
お店で会えたら「かぐらびと見ましたよ!」ってひと言、頼むな!

店舗情報

店名
お茶と果物 扇屋
住所
〒162-0825 東京都新宿区神楽坂6-39 エキューラ神楽坂 1F
営業時間
[木~火] 11:00 - 18:30
定休日
水曜日
駐車場
なし
公式SNS
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この記事を書いた人

かぐらむら編集局

隠れた名店や話題の最新スポットを実際に訪れ、取材しています。神楽坂を知り尽くした編集局ならではの視点で、皆さまに新たな発見をお届けします!

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