ESSAYかぐらびと

サクッとハフッと、香ばしバターのご褒美パイ | 熊木ホットケーキ店

2025.04.09

「誰かの特別な思い出になったら嬉しいなって」

神楽坂の路地奥にある、煉瓦色の小さな喫茶店『熊木ホットケーキ』。
ホットケーキの甘い香りと、香ばしいパイが迎えてくれる、日常がちょっとだけ特別になるお店です。
2017年に『ORihon(オリホン)』としてスタートし、イベント出店やクラウドファンディングを経て、伝統フランス菓子をテーマにした専門店へ。その流れの中で生まれた新ブランドが、贅沢素材をぎゅっと包んだご褒美パイ『ミートリオン』です。

今回は熊木ご夫妻に、開店のいきさつから『ミートリオン』誕生の背景までお話を伺いました。

熊木ホットケーキ店 ミートリオン オーナー
熊木啓悟/熊木美粧子 Kumaki Keigo/Kumaki Misako

『熊木ホットケーキ店』では、自然な素材と丁寧な製法にこだわったお菓子を提供しています。ホットケーキには粗製糖の自家製シロップとふんわりホイップバターを。『ミートリオン』のミートパイは、発酵バターの自家製パイ生地に黒毛和牛と黒豚を包んだ贅沢な味わい。素材の味を最大限に活かすことを目指し、冷凍食品や添加物は使わず、手作業でひとつひとつ丁寧に仕上げています。


余白にひろがる記憶

もとは製本屋さんで店名もそこから付けられたとか。
 熊木啓悟さん (以下:啓悟さん)
「父の代までは新潮社の折本(おりほん)所でした。この辺りは当時、紙の匂いが路地に漂っていたくらい印刷関係の会社が多く集まっていて、フォークリフトが出入りする風景が日常でした。そうした空気の中で育ったせいか、紙に囲まれて過ごす時間や、静かに読書ができるような場所が、自分にとってとても心地よくて。そんな思い出深い場所でも、時代の流れには抗えず……。紙の需要が減ったところで、“そろそろ潮時だな”と父は会社をたたんで引退しました。」
オリホンが製本した書籍の一部。しおりの紐に注目です。
なぜ“喫茶店”だったのでしょう?
 啓悟さん  「空いたこの場所を見たときに、子どもの頃の記憶がふっとよみがえってきたんです。まだチェーンのカフェが主流ではなかった時代の喫茶店って、ちょっと大人のステータスみたいな場所だったじゃないですか。レトルトや冷凍食品を使わず店で手作りしていたから、それぞれにちゃんと個性があって。親に連れて行ってもらった、あの頃の喫茶店の空気がすごく好きだったなあって思いだして。あの時代にもう一度連れて行ってもらえるような、そんな場所を自分で作りたいと『ORihon(オリホン)』をはじめました。」
 啓悟さん  「子どもが小さかったこともあり、最初は昼営業だけでしたが、お陰様でランチが好評だったもので、夜も営業してみようかという話になりました。それで『洋食オリホン』としてワインとコースを提供するようになったんです。」
(左)調理中の啓悟さん/(右)大学時代のアルバイトから、そのまま社員になった田中さん

3時のおやつを飛び出して

『熊木ホットケーキ』はどのようないきさつで?
 熊木美粧子さん (以下:美粧子さん)
「イベントで販売していたフランス式ホットケーキが好評だったので、週末限定で営業してみたのがきっかけでした。」
ホットケーキを求めて列ができていましたね!
 美粧子さん 「ありがたいことでしたが、コロナ禍ではそれが逆にネックになりまして……。万が一を考え、緊急事態宣言の次の日ぐらいには休業を決めました。その後、お弁当や焼き菓子のテイクアウトをはじめたのですが、約3年間ほど店内営業を再開できない時期が続いたんです。」
当時提供していたテイクアウトのお弁当
 美粧子さん 「いつ再開できるかもわからない状況の中で、ただ待つだけではいけないと感じ、夫婦で何度も話し合いを重ねました。そこで出た結論が、“店舗にとらわれない営業スタイル”を模索しようということでした。」


 啓悟さん 「そこから中身は私が、外側は彼女が試行錯誤を重ね、製品化までにさらに半年を費やして、ようやっと『ミートリオン』を立ち上げることができました。」
ブランドストーリーの動画、素敵ですね!
 美粧子さん 「ありがとうございます。実は私たちの体験から生まれているんです。王様の役も実際に協力してくれた方がモデルで。最初は試食だけだったんですけど、“これは美味しい、一緒にやろう!”って言ってくれて今につながっています。」

日常のなかの“とっておき”

ブランド全体のコンセプトを教えてください。
 美粧子さん 「ご褒美みたいな時間を届けること、です。何でもない日でも、ふっと心がほどけるような、そんな“自分のためのひととき”を過ごしてもらえたらなって。」
洋菓子店の発酵バターたっぷりのパイ生地に、洋食コックの店長が洋食屋で出していたクオリティのガルニがそのままパイに詰まっています。
 啓悟さん 「料理もすべて手作りで、冷凍や既製品は使っていません。“当たり前のことを、ちゃんとやる”っていうのがうちの基本なんです。だけど今は、その当たり前が難しくなっている時代でもあって。だからこそ手間をかけて、素材の味をきちんと活かすことに意味があると思っています。例えば『ミートリオン』の黒毛和牛と黒豚のパイ。レストランのコース料理の一品として出しても恥ずかしくないクオリティを目指しているんです。家庭で温めて、ちょっと特別な夜を演出できるような。そういう、“日常の中のごちそう”になれたらうれしいですね。」
黒毛和牛と黒豚のパイ。写真のように、お好みで和からしやディジョンマスタード、ピクルスやザワークラウトなどを盛り付けてはいかが?

美味しいに国境はない

印象に残ったお客様とのエピソードはありますか?
 啓悟さん 「イベント出店で、海外のお客様がミートパイをご購入くださった際に、“ケチャップは?”って聞かれたことです。何故かといえば、向こうのミートパイってあまり味がないので、基本ケチャップで食べるみたいで。“ないんですよ”って答えると“そうなの?”って訝しげなまま買っていかれる。で、そこら辺で食べていたと思ったら猛然と走って戻ってきて、“めちゃくちゃうめえじゃねえか!”って。同行している海外の友達連れて戻って来て、追加で購入してくださることも多いですね。」
 美粧子さん 「多くのお客様が大切な人を連れてお店に来てくださるんですよ。最初はひとりで来られた方が、次はパートナーやご家族、友人と一緒に来店してくださる。誕生日や記念日を彩る際に『熊木ホットケーキ』や『ミートリオン』を選んでいただけるのが、本当にうれしくて。神楽坂って、昔ながらの雰囲気が残っていて、ゆったりした時間が流れているじゃないですか。その空気感の延長として、店内で静かに本を読んだり音楽を聴いたりと、豊かな時間を過ごしてもらえたらって思っています。」
『熊木ホットケーキ』は、訪れる人々の思い出のページにそっと栞を添えるようなお店。
印刷のまちとしての歴史を残すこの地域で、紙の香りの記憶に包まれながら、新たな物語を静かに紡いでいます。

今回、取材にご協力いただいたのはオーナーの熊木ご夫妻。
お店で会えたら「かぐらびと見ましたよ!」ってひと言、頼むな!

店舗情報

店名
熊木ホットケーキ ミートリオン
住所
〒162-0804 東京都新宿区中里町26熊木ビル1F
営業時間
11:00 - 18:30 (LO18:00)
定休日
月曜日
駐車場
公式SNS
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この記事を書いた人

かぐらむら編集局

隠れた名店や話題の最新スポットを実際に訪れ、取材しています。神楽坂を知り尽くした編集局ならではの視点で、皆さまに新たな発見をお届けします!

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