ESSAYかぐらびと

日本初、洗える高級着物専門店 | きもの英

2025.04.23

「創業58年、洗える着物にこだわってここまできました」

そう語るのは『きもの英』二代目女将の武田佳保里さん。現在、製造から接客、発信に至るまで、すべてを一手に担う存在だ。
伝統やしきたりを大切にしながら、実用性と品格を両立させる姿勢を貫いてきた同店。その根底にあるのは何かを伺ってきました。

きもの英 二代目
武田 佳保里 Takeda Kaori

趣味は旅行で、遺跡や自然をめぐる旅を好む。これまでにピラミッド、ボロブドゥール、ナイアガラの滝などを訪問。年に数回は長期の休暇を取り、海外で過ごすことを習慣としている。


商いの原点は、釣り糸

創業までの道のりを教えてください。
「戦後、上海から引き揚げてきた母が、家族を養うために始めたナイロン製の釣り糸の行商。それが、すべてのはじまりです。当時、釣り糸は綿や麻が主流で、すぐに傷んでしまうのが悩みの種でした。ナイロンはその問題を解決する素材でしたが、一般的に馴染みが薄く、最初はなかなか売れなかったそうです。」
「それでも体当たりで漁場をめぐるうちに、少しずつ買ってくれる人が現れ、母は商売の面白さを感じるようになりました。やがて合成繊維の技術が進み、釣り糸から漁網、さらに衣料用繊維へと商売の範囲が広がっていきます。そんな折、母は福岡県庁の役人だった父と出会い、結婚。その後、母の転勤をきっかけに父は退職し、織物技師でもあった父も加わり、ふたりで本格的に繊維の仕事を手がけるようになりました。」
「母は服生地を扱う店の店長として、九州から大阪、そして東京へ。東京で落ち着いた頃に私と妹が生まれたのですが、当時は行政などの子育て支援も整っていない時代。子ども2人を抱えての共働きは難しく、自分のペースで働けるようにと起業をいたしました。ちょうどその頃は高度成長期の真っただ中。時代の追い風もあり、会社はあっという間に大きくなっていきました。」
当時は現在の本社ビルが店舗だった。
「『きもの英』では、創業当初から洗える着物を主力商品としてきました。当時は多くの企業が洗える着物を扱っておりましたが、うちとは違い、中居さんや女中さんなどが着る実用着として、安価な大量生産品が主流だったんです。でもうちは、その路線をあえて選びませんでした。絹を着つくして、お手入れにほとほと困っているような方こそ、洗える着物を必要としている――そう考えたんです。だからこそ、目の肥えた方々に向けて、上質な一着をつくるという道を選びました。‘’良いものをつくるには、つくり手自身の目が確かでなければならない、絵画にしても、陶器にしても、とにかく良いものをたくさん見なさい’’とは母の言葉です。小さいころから、自然とそういう目を養うように育てられたんです。」

会社発足から5年後の昭和47年6月に自社社屋が完成。
この波乱万丈の独立創業物語は、花登筐作・新珠三千代主演の『新・細腕繁盛記』としてテレビドラマになったことは有名な話だ。

手放すことで、見えてくるもの

時代が変わることによっての、転換期はありましたか?
「そうですね、さまざまな波がありましたが、最近ではコロナ禍が大きな転機となりました。急激にデジタル化が進んで、それまでの価値観を手放さざるを得なかったんです。70代の社員たちも、それを機に“良いきっかけになった”と引退していきました。」
インスタライブも定期的に発信なされていますね。
「はい。実は、それまではSNSにはあまり関心がなかったんです。でも手探りで配信を始めてみたら、少しずつお客様に反応していただけて。おかげさまで今ではインスタグラムのフォロワーが2万5千人、YouTubeは2万人弱になりました(2025年4月現在)。インスタライブで商品を紹介すると、“これください”とスクリーンショットでご注文いただくこともありますし、ご希望があればLINEのビデオ通話でリモート接客も行っています。アフリカやヨーロッパなど、遠く海外にお住まいの方とも、今では画面越しにお店とつながっているんですよ。」

何度でも袖を通したくなる理由

実用性と美しさの両立、その独自性をどう築いてきたのでしょうか?
「反物から縫製まで、すべてオリジナルで仕立てております。小紋でも一柄一色、二反まで、手描きは一品ものが原則です。例えば、伝統の最高峰、京友禅の老舗『千總』との提携により、伝統柄を染め上げた着物の製作。そして伝統工芸士である岡山武子先生の工房で、ひとつひとつ手描きされた一品ものの訪問着など、お客様から大変ご好評いただいております。これらすべて、自分たちで作った型紙を使い、職人さんと細かく相談しながら色を決めています。染料もこだわり抜いていますので、“本当に洗えるのか”と聞かれても、自信を持って“はい”と答えられますね。」
着物との距離がぐっと近づく気がします。ばらさずに洗えるというだけで。
「その“洗える”を支えているもう一端が縫製です。着物というと生地ばかりが注目されますが、見た目が美しくても、縫い方や糸の選び方が適切でなければ、数回の洗濯で型崩れしたり、ほつれたりしてしまう。だからうちでは縫製まで一貫して管理しています。反物だけをご購入いただいて、仕立ては他所でというご希望には、申し訳ありませんがお応えしておりません。どんなに良い生地でも、縫製が適切でなければ問題なく洗えるとは言えませんから。最後まで責任を持ってお届けすること、それがうちの信念です。」
伝統技法「男仕立て」。国内職人が一針一針丁寧に仕立てている。
これほどの品なのに、ちゃんと手の届く着物なのですね。
「ありがとうございます。問屋やメーカーを間に挟まず、職人さんたちと直接取引をしているからですね。普通であれば数倍のお値段がつくこともある着物ですが、無理のない価格で、長く楽しんでいただきたくて。着物が憧れで終わってしまわないように、現実的なかたちでお届けしたいと思っています。」

自分の輪郭を、装いで描く

着物にあまり縁のなかった方や、初めて袖を通す方がご来店されることも?
「はい、最近はそういった方も増えてきました。だからこそ最初にお伝えしているんです、うちは着物ごっこのお店ではないんですよ、と。たとえば、和洋の垣根を越えて自由な発想でアンティーク着物を楽しまれている方、それはそれで素敵だと思います。でもうちは、伝統やしきたりを大切にしたいという方に向けた着物なんです。」
と、言いますと?
「うちにいらっしゃる方は、お茶やお花、日舞、落語家さんなど、何かしらの背景をお持ちの方が多いですね。ですので、お客様の立場や用途を丁寧に伺い、場にふさわしいものをご提案いたします。そのうえで、最後に好きを重ねていただく。着物は所作や心持ち、その人の生き方までを映し出す鏡のような存在ですから、大切にお仕立てしていきたいと考えています。」
場にふさわしい装いを、気負わず日常に取り入れる。『きもの英』は、そのための着物を一貫した美意識をもって仕立て続けています。

今回、取材にご協力いただいたのは二代目女将の武田さん。
お店で会えたら「かぐらびと見ましたよ!」ってひと言、頼むな!

店舗情報

店名
きもの英
住所
〒162-0825 東京都新宿区神楽坂1-15 神楽坂1丁目ビル
営業時間
10:00 - 18:00
定休日
日曜日
駐車場
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この記事を書いた人

かぐらむら編集局

隠れた名店や話題の最新スポットを実際に訪れ、取材しています。神楽坂を知り尽くした編集局ならではの視点で、皆さまに新たな発見をお届けします!

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