路地に物語あり

江戸時代、牛込御門近くのこの一帯は、武家屋敷や寺社が多く集まる山の手の町でした。
明治になると、江戸の地割はそのままに、屋敷地は住宅地や商店地へと姿を変えていきます。表通りの神楽坂通りがにぎわいを増す一方で、少し奥へ入ると花街の風情が広がる。坂の起伏に沿って曲がりくねる小道や細い階段は、神楽坂ならではのまちの奥行きを生み出していきました。毘沙門さまの縁日も大いに賑わい、その中で門前に夜店が出はじめたのが明治20年頃。東京の夜店の発祥とも言われています。

大正時代になると藝術座ができ、神楽坂を扱った文学作品や名所案内も増え、「牛込で一番賑かな土地(東京大観)」や「山の手屈指の繁盛地(大正博覧会と東京遊覧)」と呼ばれるように。とくに夕方から夜にかけては大変なにぎわいで、「銀座の夜にもまがふべき有様」と記されるほどでした。昔ながらの寄席があり、ハイカラなカフェーもある。当時の神楽坂も、いまと同じく多くの人を惹きつけていたことがうかがえます。

この特集では、現在の様子と約130年前(明治28年12月「東亰市牛込區全圖」)、夏目漱石、尾崎紅葉、泉鏡花らが歩いたまちの地図を並べて一緒にのぞいてみます。
神楽坂の路地には、大きすぎない心地よさがあります。迷路のような路地を曲がり、石畳を歩くことで見えてくる、立ち止まりたくなるような余白が、あちこちに残っているのです。 これを機会に、神楽坂の路地が持つ心地よい距離を体感してみてはいかがでしょうか。