【新刊紹介:『映画のなかの「北欧」-その虚像と実像』】
『映画の中の「北欧」-その虚像と実像』(村井誠人、大島美穂、佐藤睦朗、吉武信彦編著)が漸く届きました。
北欧の政治・経済・国際問題などを研究する主に大学教職員の集まり、バルト・スカンディナヴィア研究会のメンバーが中心となって北欧映画(バルト3国含む)60作品を取り上げて、それぞれ歴史的、時代的、文化的背景を説明しています。北欧映画ファン待望の1冊と言っていいでしょう。これから公開済みの北欧映画をみるためには、よいガイドになります。観てから読んでも観る前に読んでも、北欧映画鑑賞を楽しくしてくれる本だと思います。値段も手頃です。
...映画ライター、映画批評家たちにとっても、なじみのない北欧の歴史・文化の知識が得られますから、これから北欧映画紹介に際し、てさぐりの感想文に終わることなく、実証的文章が綴れるようなるではないでしょうか。ここ数年の映画ライター、あるいは映画評論家と称する人達の北欧映画の紹介は、正直、的外れなものが多かったと思います。本書に集められた文章は、hygge、幸福、可愛いデザイン、果てはフリーセックス等、北欧をイメージする手垢のついた言葉を引用して書かれた内容の薄い文書とは決定的に違います。
60もの文章に目を通すのは時間がかかりそうだったし、未見作品はさけて、とりあえず観賞済み作品(23作品)の解説に目を通しましたが、各映画の疑問は解消され理解が深まりました。登場人物が発する台詞やシーンに、北欧のその時代の実相が表現されていることがよく分かります。
37名の著者の中でも、注目はノルウェー映画を多く紹介する成川岳大氏です。楽しそうに書いてるのがよくわかるし、守備範囲も広く、ノルウェー文化への愛情が伝わってきます。『トロールハンター』にそれがよく現れています。トロールがネット上の”マナーの悪いユーザー”を指すことを氏の文章で初めて知りました。
「第7部 日本:北欧関係」で紹介されている北欧関連日本映画「世界を賭ける恋」は知りませんでした。駆ける、でなく、賭けるです。主演は当時のスーパースター石原裕次郎、浅丘ルリコ。1952年に羽田ーコペンハーゲンにSASが就航したのですが、その頃に公開された映画です。当時の北欧の街並みがでてくるようです。ネットで調べると「武者小路実篤原作「愛と死」より。邦画界空前の欧州ロケ敢行、世界の恋人裕次郎が愛と涙で贈る世紀の超大作ロマン篇」とあります。なんかムチャクチャ大げさでいいですね。
説明に200作品の中から60作品を選んだ、とありますが、意外に新しい作品も採用されていて、作品選びに一貫性は感じられません。日本未公開作品もいくつか紹介されていますが、これからも観賞できる機会がないと思われるのに取り上げているのは疑問が残ります。
デンマークの1930年代のVesterbroに暮らす普通の人々の生活を活写し、少女の成長を描いたBarndommens gadeが紹介されなかったのも残念でなりません。また虚像と実像、の副題に沿うなら「アナと雪の女王」の解説があってもよかったと思います。
最後に、第一部「北欧映画入門-代表的映画監督」でラース・フォン・トリアーが紹介されていないのは、なぜなのでしょう。彼の作品は60に入っていないし、かろうじて「奇跡の海」が文中で紹介されていますが、監督名索引に名前すらありません。本書の主旨に合わなかったのしょうか。
※巻末に各作品の基本情報が掲載されてるのは便利です。