新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、昨年度の「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2020」は一度延期となりました。7年間毎年続けてこられ、神楽坂にすっかり定着した感があっただけに、残念の声が多く聞かれました。そこで次年度につなげるための映像を制作・配信することになりました。その映像が昨年12月に完成、配信されはじめています。
神楽坂の町中で、生で(なま)伝統芸能を伝えることを信条としてきたイベントだけに、オンラインで何をどのように伝えようとしたのか? 制作の裏方を担ってこられた4人にお話を伺いました。
(令和3年2月24日 新内節 人間国宝 鶴賀若狭掾師匠宅の稽古場にて)
司会進行 長岡弘志(「神楽坂 de かぐらむら」編集人)
座談会撮影 前田光代
神楽坂まち舞台・大江戸めぐりとは
2013年より開催されている伝統芸能フェスティバル。神楽坂ならではのお座敷遊び、新内流しをはじめ、講談、浪曲などの語り芸、三味線、尺八などの和楽器ライブ、さらに太神楽や手妻など、様々な伝統芸能を、毘沙門天善國寺や赤城神社、神楽坂通りや路地、飲食店など神楽坂で楽しむことができる。公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京とNPO法人粋なまちづくり倶楽部の共催による。
コロナ禍で求め続けたもの
司会 昨年は準備をしつつも、イベントではなく、どっしりとした映像作品を制作して配信を開始することになりました。まずその経緯からお話しください。
日置 神楽坂まち舞台・大江戸めぐりは、昨年(2020年)春、新型コロナの感染拡大が進行する中、5月開催は延期する方針となりましたが、その後もなかなか収束が見えず、延期も難しいかという状況にもなりました。
山口 その時の流れで一度なしという話にもなりました。でも今できることはないのか? もう一度考えてみようと。
日置 そこであきらめなかったのはよかったですね。なにかできないか? オンラインならできないか? そんな試行錯誤の日々を経て、このような映像配信の形であればコロナ禍の中でも開催できるのではないかと、主催のアーツカウンシル東京に提案しました。それをアーツカウンシル東京も前向きに検討してくださって。また、これまで7年間積み重ねてきて、コンテンツ的にも、地元神楽坂の方々と一緒につくりあげていくという点からも、事業としての1つの形ができました。単にオンラインというだけでなく、ちょうどここで7年間の集大成的なものができないだろうか。そしてこれを見たら来年は実際に神楽坂まで来たくなる、そんな映像をつくれないかと。
山口 そこで過去にイベントに出演してもらっていた話芸や伝統芸能の4人に絞り込んでナビゲーター役をしてもらいました。それがよかった。
小野木 ドンピシャに(役が)決まりましたね、4本どの会もナビゲーター役として最高の皆さんでした。
日置 それを山口さんが見事に映像化してくれました。
山口 最初の話では、4人のナビゲーターが過去のイベント映像を総集編として来年につなげていく案だったのですが、神楽坂のまちのことも紹介したかった。私自身が神楽坂の大ファンなので、まちの紹介も兼ねて構成を進めていこうという案になった。結果、イベントの総集編でありながら、神楽坂の魅力を伝えるプロモーションビデオという内容のものになりました。過去の映像は映っているのですが、それは記録用に撮ったものでしかなかったので、あえてもう一度神楽坂の魅力をとり込んで撮影することになりました。結果、まちのプロモーション・ビデオでありながら、過去の作品を合わせた集大成というカタチになったのです。
日置 伝統芸能をテーマにした、まちのプロモーションビデオにできあがっていますね。
小野木 神楽坂というまちは、伝統芸能に触れていただくお膳立てができている。その舞台に私たちがそのまま乗せていただいている。よく山口さんが「絵面(えづら)が浮かぶ」という言い方をされますが、プログラム作りに際しても、この場所だったらこのジャンルのこのアーティストがいいかなと精査をして、できるだけその場所に合った演出を考えて、ぎりぎりまで組み替えてつくっています。
司会 具体的な例をあげてもらえますか?
小野木 たとえば城端(じょうはな)の庵唄(いおりうた)。これは2014年からプログラムに入っていますが、「なんで富山県の唄が東京のイベントに!」といわれるかもしれません。ユネスコ無形文化遺産にも認定されている富山県南砺市城端で行われている「城端曳山祭」。絢爛豪華な曳山を先導する庵屋台の中で演奏される「庵唄」は、江戸端唄が源流と言われています。上質な絹織物を江戸で商った城端の人々が城端に持ち帰った江戸端唄が形を変えて「庵唄」として伝わっています。曲名も詞章もまったくの同じものがたくさんあります。この城端曳山祭の庵唄が江戸に里帰りしたという文脈ができあがるわけです。
司会 深い思いがありそうですね。今回の映像制作は、どのぐらいの期間だったのですか?
山口 かなり短かったですね。通常の半分の時間でつくりました。
映像化することのジレンマ
司会 本来まちの中で生で演奏する画期的なイベントでしたが、映像化するにあたって悩まされたりしたことはなかったですか? まちの中でその瞬間にだけふれられる一回性という貴重さが薄まっていくとか。一回きりの魅力が、映像として再生可能になると生の魅力が半減してしまうとか。リアルの方がよいに決まっているのですが、コロナ禍で映像の配信もやらなくてはならないジレンマのようなもの……。
小野木 当初は私もそのようなジレンマがあると思いました。空気が振動するリアル感の方がよいに決まっています。でも今回でき上った映像を見て、それなりの方向性や価値があると思いました。その一つが、映像が物事への入口となるということです。この映像を見てもらって、次には現場に来たくなるようなものであってほしい。
日置 これからの時代は、映像とリアルの、ハイブリッドな形で、それが両輪となって何かを伝えていくことが当たり前になるのではないでしょうか。新型コロナの感染拡大で図らずもこのようなことになりましたが、早晩10年後にはこうした状況が来るのを、新型コロナがそれを早め、私たちは一挙に体験することになったのではないでしょうか?
司会 リアルと映像の再生は、対立するものではなく、共存するもの? あるいは補完し合うもの?
日置 私は相乗効果の面もあると思います。出来上がった4本の映像を通して、リアルだけでは伝え切れないイベントの全体像を知っていただけるんだ、というのは大きな発見でした。このイベントのように神楽坂のまちのあちらこちらで同時にプログラムが進行していると、他の会場でのパフォーマンスを観ることはできないですし、目の前で見えること以外は知らずに終わってしまいます。神楽坂のまちを知るという面からも、あの路地の奥はこんなに素敵だったのかとか、あのお寺にはこんな歴史があったのかとか、あの4本の映像を見ることで初めてわかることは多いです。次は生であのパフォーマンスを観たい、あの路地の奥にも行ってみたいなど、リアルな体験をしたくなる。そんな思いがけない効果もあることに気づきました。
小野木 考え方にもよりますが、映像のほうが伝わりやすいこともありますね。遠くからは分かりにくい演奏者の表情や、例えば弦を弾く超絶技巧の指のアップだとか、映像のもつ可能性も期待できます。
(後編に続く。4月30日公開予定)
写真提供 神楽坂まち舞台・大江戸めぐり
リンク 神楽坂まち舞台・大江戸めぐり 座談会 後編 ―歌川広重の江戸と現代がすれちがう― (4月30日公開予定)
「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2020」は下記から視聴できます。ぜひご覧ください。
神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2020 ①毘沙門天と赤城神社 編
案内役:神田鯉栄(講談)
出演:嶋田堯嗣(毘沙門天善國寺住職)/吉住健一(新宿区長)
神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2020 ②花街・神楽坂と“流しの芸能” 編
案内役:鳥羽屋里夕(長唄三味線)
出演:鶴賀伊勢吉(新内節)/眞由美(東京神楽坂芸妓組合長)
神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2020 ③神楽坂を歩く 編
案内役:シリル・コピー二(落語パフォーマンス)
歴史ガイド:山口則彦(江戸東京ガイドの会)
出演:近藤良平(コンテンポラリーダンス)/観世喜正(能楽)/石井要吉(神楽坂通り商店会会長)/横倉泰信(神楽坂商店街振興組合理事長)/通訳・英語ガイドボランティアの皆さん
神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2020 ④神楽坂で奏でる 編
案内役:玉川奈々福(浪曲)
出演:ピエール小野(セ三味ストリート/津軽三味線パフォーマンス)/沢村まみ(浪曲・曲師)/まち舞台コンシェルジュの皆さん/風山栄雄(赤城神社宮司)