「神楽坂はどんな街ですか」と聞かれたら、何の街だと紹介するでしょうか。花街、石畳の街、古き良きものと新しいものが交差する街、などなど、おそらく様々な答えが返ってくるはずです。そんな中、近年この2月、3月には、神楽坂を「本の街」と謳うようなイベントがいくつか開かれるようになってきています。かつては夏目漱石をはじめとする文豪が楽しみ、今なお出版社や印刷会社、製本会社などが日々本を作り出している神楽坂。その神楽坂で、本をテーマにしたそれぞれのイベントや団体は、どんな活動をしているのでしょうか。

神楽坂 ブック倶楽部

街と街の出版社で結成されたブック倶楽部

矢来町に新潮社が移転してきたのは1913(大正2)年のことになる。それ以来、新潮社は矢来町から100年以上にわたって本を作りながら、神楽坂を眺めてきた。

2014年にはキュレーションストア la kagu (ラカグ)をオープンさせ、本に関するトークイベントなどを実施しながら、近年は出版社として街と何かできないか模索していたという。その折、神楽坂おかみさん会(神楽坂文化振興倶楽部)から声がかかり、昨年結成されたのが「神楽坂ブック倶楽部」だ。神楽坂おかみさん会らの協力の下 la kagu でのトークイベントと、知的欲求に応える新潮講座を軸としながら、神楽坂と本の魅力を伝える活動している。新潮社の編集者で神楽坂ブック倶楽部も運営する楠瀬さんは、「かつて多くの文豪が集った神楽坂から、新潮社に限らず、本や本まわりのファンを将来的に増やしていきたい」と話す。

昨年のヒトハコ古本市は、毘沙門天善國寺など神楽坂の11ヶ所のスペースで実施された。

神楽坂ブック倶楽部はこれまで、五感肆パレアナでの函入り布クロス装本をメインとした新潮社の装幀展や、神楽坂の街全体でのヒトハコ古本市、“フォントの神”と呼ばれる書体設計士・鳥海修さんによるトークショー、大人気ゲーム「文豪とアルケミスト」とのコラボ企画などを実施してきている。コアな本好きをしっかりと楽しませつつ、ゲームを入口に文学に触れる機会も提供するなど、出版社ならでは幅広い活動だ。

文豪とアルケミストとのコラボ企画では、『「文豪とアルケミスト」文学全集』の編集や特別版の新潮社文芸地図の作製、「文豪たちと新潮社」展なども実施された。

また神楽坂ブック倶楽部のサポーター会員も募集中とのことで、 la kagu のイベントチケットや新潮講座の受講料の割引など、お得な特典があるとのこと。歴史ある出版社と神楽坂の街とが手を取り合い、どんな本の文化を作っていくのか、今後も楽しみだ。

神楽坂 ブック倶楽部
神楽坂ブック倶楽部では会員を募集中です。イベントや講座の割引など特典多数。詳細はホームページをご覧ください。
http://kagubookclub.com/

主催者・運営者が選ぶ、「神楽坂で読みたい一冊」

『時間』
吉田健一=著 1998年 講談社
「秋冬なら、払方町に住んだ批評家のこの一冊。春夏なら矢来町の師匠、『志ん朝の落語』(ちくま文庫)。これ全六巻ですが、手始めは第三巻か第五巻あたりからどうぞ」

 

本のフェス

新しい仲間と出会える「本の文化祭」

一昨年、青山からスタートした「本のフェス」は、本の野外フェスを目指すイベントだ。本のフェス実行委員会の長谷川さんは「音楽のフェスのように、若い人が自分たちでコミュニティを作りながら楽しむような感覚、それを本でやりたかったんです」と話す。

出版不況を背景に、もっと本の面白さを多角的に広めていくことはできないか。「入口は本でなくてもいいと思っています。食や映画、お笑いなど、人それぞれに関心領域があると思いますが、それぞれから結果的に本に繋がるようにすればいい。まずは多くのことが本に結びついていることを知ってもらいたいんです。本好きの方だけではなくて、普段本を読まないような方々に対しても、文化祭というかたちで提案しているイベントです」と長谷川さん。

水道橋博士「次世代読書芸人トークライブ」の様子。

第二回となった昨年から会場を神楽坂の日本出版クラブ会館に移した。神楽坂の文化度や文学性などを、イベントを通じて再発見していく狙いだ。昨年は古本販売から、小説家の石田衣良さんによるワークショップや芸人の水道橋博士さんらによるトークライブ、野外では音楽ライブに屋台も出るなど若い世代を中心に盛り上がりを見せたという。「本の文化を根付かせていきたいので、来年以降も街のご協力を頂きながら、神楽坂で開催したいと考えています」と長谷川さんは話す。本をきっかけにした街歩きと、それによる新しいコミュニケーションの創出を図る企画も構想中のようだ。

移動式書店BOOK ROUTEを活用した新潮文庫のワークショップ。

第三回目となる「本のフェス」は、3月24日(土)に昨年同様日本出版クラブ会館をメイン会場として開催される。イベント詳細はHPを。

第3回 本のフェス at 神楽坂
日時|2018年3月24日(土)10:00-19:00
会場|日本出版クラブ会館ほか
主催|本のフェス実行委員会/読売新聞社
https://honnofes.com/

主催者・運営者が選ぶ、「神楽坂で読みたい一冊」

『日本という方法 おもかげ・うつろいの文化』
松岡正剛=著 2006 NHK出版
「神楽坂は、多様な文化を巧みに取りこみながら、底流に、“まち”の矜持をしっかり感じさせる何かがある。実は、もっとも日本的に文化を編集してきた“まち”なのではないか。」

 

神楽坂・絵本パークレット

親子世代に向けた絵本のイベント

昨年の5月からおよそ月に一度のペースで、矢来町にある高齢者福祉施設を中心に活動している「神楽坂・絵本パークレット」。絵本作家らによる絵本の読み聞かせや工作ワークショップなど、親子向けのイベントを実施してきている。昨年の青空フェスタやまち飛びフェスタにも参加しており、見かけたことのある人もいるだろう。「花街のある神楽坂は大人向けの街として認知されがちですが、ここ数年の神楽坂周辺には、若いファミリー世代の人口が増えてきていることに注目しました」と神楽坂・絵本パークレットの会事務局(小誌かぐらむらの発行人でもある)の長岡は語る。

新宿区の文化財に登録されているアユミギャラリーで5カ国語の絵本の読み聞かせ。写真は韓国の絵本の時間

運営は神楽坂モノガタリやサザンカンパニー、街の有志の方などでなされていて、絵本作家や絵本出版社、公的機関などの協力も得ている。目的は神楽坂に住む親子連れ世代へ向けて、小さな公園やセットバックしたビル前でも、絵本を通して親子で楽しめる空間を作りだすことである。道路利用の在り方を巡り、社会実験的な意味合いを持つパークレットという言葉を掲げている。「将来奥神楽坂エリアを絵本という切り口で結びたいという思いもあります」と長岡。

第6回の会場付近で手回しオルガンをまわす子と地元アンスティチュフランセ東京のスプリーム先生

今年1月に行なわれた第6回目からは、会場を高齢者福祉施設のほか神楽坂モノガタリとアユミギャラリーの3か所に増やし、「国際交流」というテーマも掲げた。これまでの工作ワークショップや紙芝居に加え、韓国やフランス、イタリア、ウクライナなどの絵本の読み聞かせと展示を通じて、子どもたちや大人も各国の文化を知るきっかけ作りも行なっている。

4月22日には第7回目を実施する予定の神楽坂・絵本パークレット。赤城神社も会場となりどのような発展を見せていくのか楽しみだ。

第7回 神楽坂・絵本パークレット
日時|2018年4月22日(日)
会場|赤城神社 他
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主催者・運営者が選ぶ、「神楽坂で読みたい一冊」

『内田百閒集成 4 サラサーテの盤』「神楽坂の虎」
2003年 筑摩書房
神楽坂を舞台にした幻想短編小説。夜更けに毘沙門天前を歩くと、あの石像の虎が台の上から飛び降りてきて、逃げても逃げてもどこまでも追いかけてくるという怖いお話。トラウマになる。

 

てくてく 牛込神楽坂

神楽坂と文学のアーカイブ

ネット上で神楽坂と文学の関係を調べようとしたとき、多くの人が行き当たるウェブサイトがある。名前は「てくてく 牛込神楽坂」。坂や老舗はもちろん、小説家と神楽坂のつながりについて、小説からタウン誌まで多くの文献を引用しながら紹介しているウェブサイトだ。「私は文学よりも『神楽坂』が好きなのですが、今のところ九割ほどは神楽坂の文学について書いています」とサイト運営者の松木さんは教えてくれた。

松木さんはこれまで自分が住んだ土地について執筆をし、寄稿や本にまとめるなどしているのだという。現在は神楽坂界隈在住で、要所に自分で足を運びながら、その歴史をウェブにまとめている。紹介されている膨大な資料については、中町図書館をはじめ、新宿区中央図書館、新宿歴史博物館、国会図書館、古書店などを利用している。「仕事と無関係のブログの多くは数年で終わっていますが、私が調べた、特に戦前の神楽坂に関する資料は相当多いので、もう少し続きそうです」と松木さんは話してくれた。

てくてく 牛込神楽坂
http://kagurazaka.yamamogura.com/

主催者・運営者が選ぶ、「神楽坂で読みたい一冊」

『文豪の素顔』
長田幹彦=著、1953年 要書房
「氏は遊蕩の文人として有名で、神楽坂や中町、南山伏町に住んだこともあります。しかし数は少ないのですが、氏が神楽坂に関する随筆を書くと、本当に輝いて見えます」

 

レラドビブリオテック(現、カウンターポイント#神楽坂)

猫も歩けば本と現代美術に中る

街の有志数人の声掛けで2012年から毎年2月に開催され、2016年まで続けられた「神楽坂=本の街」イベント、レラドビブリオテック。多いときには坂下から奥神楽坂まで神楽坂の約50店舗に協力を頂き、本の街としての顔を見せる場を目指した。期間中はトークイベントや製本ワークショップ、装幀原画の展示など本に関わる試みが街の各所で行われていた。

現在のレラドビブリオテックは、名前を「カウンターポイント#神楽坂」に変え、本に加えて現代美術の情報も神楽坂を支点に発信している。ウェブサイト運営者の石丸(小誌かぐらむらの編集者でもある)は「節目となった5回目のレラドを終えた頃から、イベントだけではなく、もう少し腰を据えた方法はないか考え始めました。今のところはウェブマガジンの更新とともに、ギャラリーツアーなどを不定期ながら実施しています。本も現代美術も一部の人にしか興味をもたれない分野かもしれませんが、今後は神楽坂からそれらに触れていただくきっかけになることが目標です」という。

カウンターポイント#神楽坂
https://www.counterpoint-kgrzk.com/

主催者・運営者が選ぶ、「神楽坂で読みたい一冊」

『S,M,L,XL+ ─現代都市をめぐるエッセイ』
レム・コールハース=著、渡辺佐智江・太田佳代子=翻訳、2015年 筑摩書房
「レラドをやっていた当時、このイベントをやるということは街を考えることだと思っていました」



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