
坂道、路地、石畳が織りなす街並み、神楽坂はまさにイタリアの小さな街にも多くみられる佇まい。そのせいか近年急速にイタリア料理店が増え、今では100軒を超える勢いだ。この界隈にイタリア料理店が進出する魁になったのは1988年、市ヶ谷にリストランテ「カルミネ」をオープンしたカルミネ・コッツォリーノさんの功績がある。今回紹介する店のオーナーにもカルミネさんの影響を受けたり、厨房で働いた経験を持つシェフもいる。神楽坂にはフランス関連の文化施設もあることからフランス的雰囲気をイメージしたり街中に流される音楽もフランスの曲だったりするが、今や料理店に関してはイタリアがフランスを凌駕している。それは80年代後半から起こったイタリアブームをきっかけにイタリア人気が高まり、青山や西麻布などのメッカからここ数年は神楽坂にも広まってきた。 しかし、神楽坂で成功しているイタリア料理店と他の地域を比べると、神楽坂のイタリア料理店は圧倒的に地元の人々や常連に寄って支えられている。それは今回の取材でも皆さんがそのように語り、感謝を述べていることからも明らか。商いとしてのあるべき姿、それは地元や常連に愛されるからこそ成り立つという基本を極めれば、神楽坂のイタリアンは今後もますます発展していくに違いない。
文・写真/篠 利幸
家でもイタリア料理、作りますよ!
アルベラータ Alberata

今では神楽坂界隈でもカルミネに次ぐ老舗のイタリア料理店「アルベラータ」、オーナーシェフの高師さん(写真上)は浅草界隈で生まれ育ったので、西麻布や青山よりも下町的な佇まいの神楽坂に惹かれた。イタリアでも修行を重ねた後、当初は和の雰囲気が強いのかと想像していたが、来てみると意外にそうでもなくフレンチもあちこちにあった。これならイタリアンでも行けそうだと思い、イタリアで学んだ料理をほぼそのまま提供してみたところ、今日に至るまで受け入れられてきた。高師さんが学んできたイタリア北部のレストランの料理やサービスの雰囲気がこの神楽坂の街の雰囲気にも合うのだろう。エレガントではあるけれど、気取らず、これ見よがしにイタリアであることを主張しない、自然な素材の味わいを楽しませてくれる料理だ。柔らかな外光が入る店内には洗練された落ち着きがあり、この空間、この料理が高師さんの持ち味そのものと言える。家庭でもイタリア料理を作り、楽しむという、根っからのイタリア料理好きであり、家族思いの優しさが店の料理にも反映され、それがまた地元や常連の方々に長く愛されてきた所以であろう。


神楽坂3-6 鶴田ビル1F TEL03・5225・3033
石畳の街に息づく北イタリア
ラストリカート LASTRICATO

坂と路地と石畳、まさにイタリアの小さな街を歩いているような気分になる神楽坂。その石畳のイタリア語「ラストリカート」を店名にしたお店のオーナー、蓮見さん(写真左)。イタリア料理の世界に入ったきっかけは?と尋ねると「カルミネさんですね。学生時代にカルミネさんの料理を食べたら、これは美味しいと感激し、イタリア料理に興味を持ちました」。そして料理学校に入り、日本やイタリアのレストランで料理と経営の経験を重ね、最初に神楽坂にお店を開こうと思い、店ができる前に店名も「ラストリカート」に決めていたそうだ。イタリアではトスカーナやピエモンテ、ヴェネト、トレンティーノなど主に北部で経験を積んできたが、イタリアの伝統的なものをそのまま日本でやってもなかなか受け入れられない。日本人の味覚はより繊細で、肉の火入れ加減にもこだわりがあるから、その味覚を尊重しながら調理する。また、イタリアと同じレシピでやってもその味は出ない。食材や空気など環境も違うので味わいも変わってしまう。ならば、日本で作られた鮮度抜群の食材を活かすことに。そうした食材は二人いるシェフがそれぞれの出身地や知り合いの関係を通じて、ダイレクトに、鹿は猟師さんから、魚介も産地の釣り師さんから鮮度抜群の魚が手に入るそうだ。口の肥えた人が多い神楽坂でしっかりと人気を得ているのは、蓮見さんの迷いのない理念が伝わるからだろう。

神楽坂4-6 1F TEL03・5261・4226
ワインも熱い気持ちで
オステリア・レガーメ Osteria Legame
(2019年11月より店名が「神楽坂イタリアン」に変わりました)
ローマで良く食べるうどんのように太く、コシがあるパスタ、トンナレッリをサルシッチャや野菜が主役のトマトソースで食べると、いきなりイタリアのローマやフィレンツェの地元っ子が行くトラットリアにいるような気分になる。オリーブオイルもたっぷり目のソースはイタリアのマンマの味を彷彿とさせる。店の雰囲気も気取らず、友人たちとワインを飲みながらワイワイやって楽しみたい感じだ。オーナーシェフの蒲生さん(写真上)と出会ったのはとあるワインインポーターの試飲会だったが、ワインにたいするコメントが鋭く的確だった。「実は僕、下戸だったんですよ。でも、イタリアンをやるならワインのことも知らなくちゃだめだと思い、いろいろと飲んで勉強しているうちに1本くらいは平気で飲めるようになりました」。そして料理人ではあるがソムリエの資格も取った。「自分が作る料理はワインを美味しく飲めればいいと思って作ってます」と言い切る。赤、白、いろいろなワインを楽しみ、それに合わせた料理を味わう、ちょっと逆のやり方かもしれないが、ワイン好きにはたまらない店だ。ボリュームがあるパスタ・ランチで今日も気分はローマだ!


横寺町68 TEL03・5579・8961
生まれながらのセンスで勝負
リストランテ・ステファノ Ristrante Stefano

オーナーシェフのステファノ・ファストロさん(写真上)の生まれはヴェネト州の特産ワイン、プロセッコの生産地として名高いヴァルドッビアーデネで、14歳の時から将来はシェフになると決めていたそうだ。料理学校を卒業後、イタリアやロンドンのレストランでシェフを務め、‘99年に来日しイタリア人が経営するイタリア料理店として知られるカルミネの総料理長を4年務めた後、現在の自分の店を開店、今年で早12年目になる。ヴェネツィアに1953年から続く老舗のリストランテ、アッラ・スカラのオーナーシェフを叔父さんに持ち、料理好きの母親の遺伝子を引き継ぐ、生まれながらの料理人。当然、ヴェネト、ヴェネツィア料理を得意とするが、イタリア料理のシェフとしての経験から幅は広く、カルボナーラなども作るそうだ。お勧めは、やはり全粒粉のパスタ、ヴィゴリをアンチョヴィと玉ねぎで仕上げたパスタやリゾットなど、やはりここでは本場ヴェネツィア料理を味わいたい。

神楽坂6-47 TEL03・5228・7515
美味しい!という感動を大切に
ヴェーリ Veri

オーナーの馬場さん(写真右)は神楽坂のイタリア料理店の魁的存在のアルベラータでマネジャーを2001年から3年務めた後イタリアへ渡り通算6年イタリア各地で厨房に入ったり、シチリアのワイナリーでも働くなど豊富な経験を積んだ。帰国して4年前に赤城神社の側に「ラウラ」を開き、そして2013年に「ヴェーリ」を開業。彼のプロデュースにはイタリアでの豊富な経験と常に完璧を求める勉強熱心なアイデアが反映される。昨年からヴェーリの2代目シェフとして腕を振るっている筒井さんはミラノの名店スカレッタで修行し、三島で10年、青山に13年、スカレッタを経営してきたベテラン。自分が好んで食べるのは肉だそうだが、三島での経験も活かされ、魚介や野菜の料理も素材の各々の味わいを素直に伝えてくれる。特にヴェーリではあれこれ手を加えるよりもシンプルながら、材料の美味しさを引き出すように心がけているそうだ。とにかく、美味しいという満足感が得られる料理が、馬場さんの理念でもあり、お客さんが期待することを裏切らない信頼感が「ヴェーリ」にはある。

神楽坂6-24 TEL03・6280・7764
プーリアで培った真髄をそのままに
ラ・タルタルギーナ La Tartarughina

濱崎シェフ(写真下)は南青山でプーリア料理の店として名高いコルテジーアの江部シェフの下で料理の基礎を学び、それからプーリア州のフォッジャの老舗のレストランやポリニャーノ・ア・マーレなどで南イタリア料理の経験を積んだ。そこで出会った気難しいが素晴らしく美味しいピッツァを作るナポリ人からピッツァの秘伝も伝授され、プーリア料理と本格的なナポリピッツァを中心に南イタリアのあるがままの形と味わいを提供している。食材も豊かな日本の海の幸、山の幸はもとより、可能な限り、イタリア産を使用するように心がける。焦がし小麦粉で作ったオレキエッテやちょっと珍しいプーリア料理なども出すが、それをまた分かってくれるお客さんが少なくないのも神楽坂に店を出して嬉しいところだそうだ。かつて神楽坂の洋食と言えばフランス料理のイメージが濃かったが、今ではすっかりイタリア料理が根付いている証でもあろう。イタリア料理とは本来、各州の郷土料理であり、その本場の味を神楽坂で楽しめる店がタルタルギーナだ。


赤城下町33-24 TEL03・6265・3146
和の空間で粋なイタリア料理
朱白 SUHAKU(2016年4月の情報です)

伝統と歴史が息づく「和」の街、神楽坂。たとえイタリア料理店であっても、その雰囲気や佇まいも楽しみたい。京都にも町家造りの家をそのままにイタリア料理店をやっているところがあるが、ここ「朱白」はモダンなビルの4階にありながら、扉を開けるとそこに広がるのは純和風の空間である。更に、前菜が盛られた小皿やオリーブオイルの器なども和食器で、さてどんなイタリア料理が出てくるのかとわくわくするが、これがまた本格的なイタリア料理なのでますます楽しくなる。オーナーシェフの佐野さん(写真上)はスペイン料理の経験を下地に、20年以上イタリア料理人として経験を積み、「朱白」を始める前にも新宿でベッラ・ヴィータという店を12年続けてきた。厳選された食材を丁寧に扱い、繊細に計算しつくされた塩加減、酸味、甘味などが上品な味わいに仕上がり、シェフのセンスの良さを実感する味わいである。気さくな人柄でカウンターごしに会話を楽しみながら料理を味わう、これもある意味イタリア的。イタリアでは食卓の会話も料理のうちと言われるのだから。


神楽坂3-6-22 The Room神楽坂 4F TEL03・3260・2603