前篇(76号)の座談会のつづき。伝統芸能の担い手してとして活躍中の方々にお集まりいただき、ご自身の体験をもとに伝統芸能の世界を語っていただいた後篇です。
芸の道に苦しみはつきもの。経済的なことや人間関係など悩みは当然。それらを超えてこそ知る充足感や喜びにはかけがいのないものが待っているという。では、これから、入門をしようという人たちへはどんなアドバイスがあるのだろう。
(撮影:田邊美樹)

【出席者】花柳貴比(日本舞踊花柳流)/鶴澤寛也(女流義太夫三味線)/鶴賀伊勢吉(新内節鶴賀流)/一龍斎貞寿(女流講談師)

【司会】鶴賀若狭掾(人間国宝・新内節鶴賀流家元)/長岡弘志(「かぐらむら」編集長)

本音で語る、伝統芸能入門〈前篇〉

優雅な時間を過ごしたい

花柳 日本舞踊の世界では、OLや若い人が入門する時は、憧れの部分もあるようです。ここに来れば優雅な時間が過ごせるとか、おしとやかになるんじゃないか、きれいになるんじゃないかという憧れが多いと思います。最初から舞踊家になりますという人はまずいない。子どもの頃からやっている人は、舞踊家になるパターンがありますが。逆に自分のお金と時間が自由になるOLの方が、何か習いたい、身につけたいという時に「そうだ、私、日本人なんだから」と思って来られたりします。そういう子に聞いてみると「特別な時間がほしいんです」と。中にいる私は特別に思ってないのですが、逆に自分のやっていることが「必要とされているんだなあ」って教えられます。

貞寿 うちの場合は「プロになりたいです」という人しか弟子になれないので、皆さん方と少し違うのです。今、講談教室というのをやっている人もいますが、そんなにメジャーでなくて、講談を聞いてプロになりたいんだと全部を捨てて来る人しか、プロになれないんです。

鶴賀 生活は?

貞寿 それは苦しいですよね。特に前座時代は、丸一日拘束されて数千円しかもらえないなんてこともザラ。交通費を浮かすために、めちゃめちゃ歩いたりしました。ただ、私たちの場合、師匠にお金を支払うことはありません。師匠と一緒にいる時は、食費も交通費も師匠が支払ってくれます。その代わり、師匠に呼ばれたらいつでも飛んでいかなければいけないし、身の回りの世話とか、全部やらなきゃいけないんです。

長岡 それはどこの芸の道にも共通でしょうね。

貞寿 いまは内弟子制度は殆どなくて、大体通い弟子。前座の内は稼ぎがないので、師匠がご飯を食べさせてくれたり、小遣いをくれたりしてなんとか生きています。

鶴賀 そうかあ、大変だなあ。でも、まだ講談は、高座や舞台があるので、それでも早くからお足が稼げますよね。われわれにはそれがないから。

貞寿 講談は最初に出て行くお金がないのも助かります。お稽古は師匠が無料でつけてくださいますから。

寛也 義太夫も、お免状もないからそういう所にお金がかからない。プロの場合は国宝のお師匠さんに習ってもお礼はしないのです。その代り、何かの時にはお手伝いに伺ったりする。義太夫は、昔からそんな感じで偉くなってもお金持ちにはなれないけど、なんとか勉強はやっていける。

鶴賀 なんとかやっていけるたって、太夫はやっていける?

寛也 う~ん。太夫も三味線弾きもやっていけるように努力中というところでしょうか。

鶴賀 伝統芸能は、みんなお弟子さんを増やしたいのです。でもどうやってその魅力を伝えようとしているのですか?

伊勢吉 師匠から聞きましたが、昔の落語家さんはよく新内のお稽古にいらしていたそうです。浄瑠璃を語ることにより、声の訓練、人物描写の豊かさなど、鍛練になっていたのでしょうね。私の所には、役者志望の若い方が来ています。役者を目指す人は、邦楽や日本舞踊など必須科目のような気がします。日本の伝統を学ぶことは、豊かで深い表現力が養われると思います。私の所に五十代の銀行員やテレビ局の人も習いに来ているのですが、その人たちがよそで「新内を習っているよ」というと、相手の人は「やられた!」という反応をするそうです。「そういう所に着眼したか」って。日本の古典芸能ですよね。それに三味線って割ととっつきやすいと思いませんか? つきつめたら難しい芸ですが、習いやすい。五十代になってからヴァイオリンをはじめるよりかは、入りやすいと思います。

つるが・わかさのじょう◇鶴賀流十一代目家元。重要無形文化財保持者(人間国宝)。

神楽坂に稽古場を持つこと

鶴賀 神楽坂と伝統芸能は、大変つながりが深い訳で、ここに出席の方は三人が神楽坂に稽古場があり、貞寿さんはいろいろ縁があっていらしています。そこで皆さんに神楽坂との縁や思いを伝えてもらおうと思います。

寛也 前から神楽坂はあこがれていましたので、いつか稽古場をここで持ちたかった。夢の夢でしたが縁あって五年前に実現しました。神楽坂は赤ちゃんからお年寄りまでいろんな年代の人が住んでいる町らしい町ですね。食べもの屋さんもいろんなタイプがあって、文房具屋さんも本屋さんもある。

つるざわ・かんや◇義太夫節保存会会員。重要無形文化財・総合指定保持者認定。
 

鶴賀 映画館もあるしね。でも花柳界があるのが一番だね。女性主体の町だから、花柳界がなくなったら神楽坂もなくなっちゃう。

寛也 お弟子さんたちも稽古場が神楽坂だと行き帰りも楽しいって。

伊勢吉 私は二十七、八年前に神楽坂に来たのですが、その頃はそんなに特別な町だと感じなかったです。ここ十年ぐらい町の人たちの活動で、「世界の神楽坂」みたいになってきた。私は師匠のすばらしい稽古場を借りられているので本当に恵まれています。お弟子さんも稽古帰りにおしゃれな店で買い物したりして、ちょっとした小旅行気分を味わっています。

つるが・いせきち◇鶴賀若狭掾に師事。新内協会会員。鶴賀流家元副代行。
 

貞寿 先輩の神田織音姉さんが「ココットカフェ」で講談会を開催なさっていますが、私はまだ神楽坂で講談会を開いたことがないのです。でも、師匠の家から自宅に帰る時、飯田橋で乗り換えるんですが、交通費節約の為、随分神楽坂周辺を歩きました。毘沙門様は芸能の神様でもあるので、芸道上達の祈願したり、師匠に叱られた時は愚痴を言ったり、習ったばかりの話をブツブツ稽古しながら神楽坂界隈を歩いていました。町に情緒があって、神楽坂全体が伝統芸能を引きよせてくれる力がある気がします。着物を着ている人が普通に歩いて絵になる町ですね。

花柳 八王子でお稽古場も出しておりますが、いつか都内に稽古場を持ちたいと思っていたのです。たまたま踊りの師匠さんからいい舞台が空いたからやってみないか? と勧められたのが神楽坂だったのです。それが十四、五年前です。はじめて神楽坂で稽古場を開いた時一番最初のお弟子さんがお師匠さん(若狭掾)のお嬢さんでした。まったくの偶然ですが。でもそこがレストランに替って、困っていたらお師匠さんの所を貸してくださった。ご縁に感謝いたします。

鶴賀 板間の狭い所だけど良かったら使っていいよ、ということではじまったんだね。上は新内の稽古場なので下でやっていただいている。

花柳 神楽坂の良さって、自宅から一時間以上かかるのですが、いつも来る時にわくわくするんです。土地自体に力があって、住んでいる方々の魅力も大きいです。凝縮された小さなエリアに魅力が詰まっている。古いものを大切にする町はいっぱいありますが、一番のポイントは新しいものを受けいれる力がすごくある。古いものだけ守っていると誰も入れないで、結局衰退してしまいます。神楽坂の魅力は、だれでもウェルカムしてくれるけど、やはり本物でないと根付かない。人と気質と土地柄と全部が整っている気がします。

神楽坂発祥の会を立ち上げます

鶴賀 皆さんは伝統芸能の後継者として使命をもっていますし、大事な重責を担っているわけですが、困難もあるし難しい課題も抱えていると思います。それらを乗り越えてこれからの抱負を語ってくれますか。

花柳 私は舞踊をやってきて、どんどん好きになってのめり込んできました。プロになるには大変なのですが、そういうことではなく日本舞踊のすばらしさ、楽しさをこれからの人に伝えたい。海外へ行くことも多いのですが、世界の人々と会うと舞踊という日本文化をやってきて本当によかったと思うのです。

鶴賀 舞踊というと体を使いますね。今体力づくりでヨガをやる人もいますが。

花柳 日本舞踊は、日本人ならではの動きなんです。腰を入れ重心をさげて動くなど体幹がきたえられるのです。それに呼吸法も覚え、かつ着物も着られるようになって、日本の音楽にあわせて踊れるようになる。私たちの体の中に流れている自然のものなんです。学校でヒップホップをやるなら、日本舞踊にふれるべきなんです。礼儀作法一つとっても伝統芸能で身につけることができます。大人になると誰も教えてくれないですが、老いも若きもまずそこから学べるのです。

はなやぎ・きひ◇花柳流師範。花柳貴比日本舞踊研究会主催。(財)日本舞踊協会員。
 

鶴賀 体にも精神にもいいことですね。それに財産がたくさんなくてもできる。

花柳 日本舞踊というとそういう印象をもたれますが、決してそういうものばかりではないので、ぜひ門をたたいてみてください。

貞寿 私は普通の家に育ちましたが、その私が「講談って本当に面白い」と思う。だから、講談の面白さをちゃんと伝えられれば講談は世の中に広まって行くのだと思います。そのためには、師匠から習った芸をきちんと自分が継承していくこと。お客様から見て「講談って面白いな」と思っていただける芸を身につけることが一番。あとは、講談会を増やしたり、お教室を開いたり、いろいろな所に顔を出させてもらって、講談の楽しさを広めたい。講談は真打にならないと一人前ではないので、頑張って真打になって、少しでも早く戦力になりたいです。

いちりゅうさい・ていじゅ◇二つ目の講談師。五年前より「講談紙芝居」を始める。
 

鶴賀 これで神楽坂とご縁もできたから頑張って。われわれがついているから。

貞寿 ありがとうございます! すごく心強いです。

伊勢吉 私は十八歳まで喜界島で育って、あとはずっと神楽坂で育てられたようなものです。今までは師匠の弟子として町と関わっていましたが、これからは自ら積極的にまちのイベントに関わって参加していきたいですね。個人的な話ですが、二十数年三味線弾きとして演奏活動をさせていただきましたが、二年前に浄瑠璃方に転向して、名前も鶴賀伊勢次郎改め、伊勢吉と変えました。無謀なことをしたなと思っていますが、一歩でも師匠の芸に近づいて、人を感動させられるよう芸に精進していきたいとおもいます。

長岡 転向の大きな理由はなんですか。

伊勢吉 本来浄瑠璃をやりたかったのですが、自分には無理だと思っていたのです。

寛也 なにしろ若狭掾師匠がいらっしゃるので神楽坂には新内が浸透していますから、私も少しがんばって義太夫節を神楽坂に広めたいですね。(笑)

鶴賀 脅威だなあ。(笑)

寛也 義太夫のよさを伝えるには、まず自分の芸を磨くことですね。今回若狭掾師匠の後押しのお陰で、新内の伊勢吉さんや義太夫の先輩と一緒に「弓弦葉の会」という会を神楽坂での会食を機に立ち上げました。第一回は来年1月11日午後1時より紀尾井小ホールで開催します。よろしくお願いします。

鶴賀 応援しますよ。がんばってください。皆さん才能があるからできるので、これからが楽しみです。神楽坂の人たちも応援しますよ。いつか皆さんが一緒になって神楽坂で古典芸能の会を催しましょう。

長岡 今日のような座談会を通して伝統芸能のジャンルを超えたネットワークがつながり、さらに関心を持たれる方々が増えるといいですね。本日は長時間にわたり貴重なお話をありがとうございました。

(収録は、2014年8月6日に行いました)

〜お稽古の紹介〜

若木会教室
江戸浄瑠璃として300年の歴史を持つ新内節。三味線音楽の中でもとりわけ粋で艶っぽい芸を演奏できたらと思いませんか? 神楽坂の鶴賀若狭掾の稽古場でお待ちしています。浄瑠璃・三味線どちらでもOK。初心者大歓迎。お気軽にお問い合わせくださいね。
指導:鶴賀伊勢吉
TEL:090-5390-2447
メール:isekichi@i.softbank.jp
http://www.shinnai.com/

日本舞踊教室 《入会随時》
自分磨きの特別な時間を創りませんか
指導:花柳貴比
稽古日:毎週土曜日(月4回)
個人稽古・時間予約制
月謝:大人15,000円/こども13,000円
TEL:090-4367-7000
http://kihi.r-cms.biz/

義太夫教室
義太夫協会主催の初心者向けの教室です。今年度の入門コースは終了しており、9月から実践コースが開講しています。
[お問合せ]
一般社団法人 義太夫協会
TEL:03-3541-5471
FAX:03-3546-2334(月~金:10~13時/14~17時)
http://www.gidayu.or.jp/
鶴澤寛也
http://tsuruzawakanya.com/


76号 本音で語る、伝統芸能入門<前編>


記事一覧