第六回 建築家・高橋博の想いを伝える ―時代に流されることなく―

アユミギャラリーの建物を建てた父・高橋博は、時代に流されることなく自分の好きな建物を建て続けた。それは決して当時の新しい流れではなかったが、今になってみると、質実剛健、そして愛らしさもある、年を経ても古びることのない確固とした建物を建てていたと思える。自分の想いに忠実に、自分の価値観に基づいた世界を追求していく、その思想を、今、私達は引き継いでいかなくてはならないと思うのである。

■アユミギャラリーの今後

高橋博が仕事場として建てたアユミギャラリーの建物は、小さく、自然で、可愛らしい、建築への愛情を感じさせる建物であり、それ故、人に愛されている。

そこは、これからも様々な方達が自分の想いや制作を発表していく場として開放していきたい。同時に背後の高橋ビル地下の新しいギャラリーCAVEでは、現代美術家の方達の作品発表の場として、企画を中心とした展示を実現し、新しい若い息吹を感じさせる場にしていきたいと考えている。

そして、ギャラリー活動とともに、少し離れた横寺町にある、ほっとする路地と建物の維持を、出来るだけはかっていきたいと思う。

■ほっとするよこみちを守る「よこみちプロジェクト」の実現へ

神楽坂通りから一つ入った路地に、前回紹介した私の自宅と一水寮が建っている。この路地を私達は数年前、「よこみち」と名付けた。そして今、「よこみちプロジェクト」として、何気ない路地の雰囲気を保っていくための、ごくごく私的なプロジェクトを立ち上げ、実行に移しているところである。

そのきっかけは、数年前この路地に五階建てマンション建設が計画されたことに発している。路地の人たちが結束し、四階建てに変更してもらった。国や新宿区は私の自宅や一水寮を登録文化財にしてくださったものの、その環境保持のためには力を使ってはくれない。細い路地にもかかわらず、天空率というよくわからない規則で五階建ては法律的には可能であった。古い建物の個々は保存しても、その建っている全体の雰囲気を保っていくことは難しい。日本各地にある伝統的建造物群保存地区のように、古い建物が塊として残されているところは指定を受けて保存されたりするが、東京のように第二次世界大戦で焼け野原になった後に建てられた建物がほとんどの地域は、それもかなわない。しかし、戦後七〇年以上経ち、何故か落ち着く古い建物の多い地域は大切にしていきたい。そこにはゆったりとした時間が流れ、建物にも今は失われた手の温もりが感じられるからである。

この「よこみちプロジェクト」は、建築家・鈴木喜一が生前、その路地の雰囲気を出来るだけ保とうと考えていたものを、彼の死後、友人の建築家・岸成行さんと共に受け継いだものである。一水寮は外観をそのままに、内部を目立たないように改修し、更に今、隣に建っていたアパートと家を改修して、自宅も含めた路地に建つ四棟の建物の統一感をはかろうと計画している。

これらのことの実現が、明治の進取の匂いをどこかに感じさせる高橋博の残された数少ない建築の維持と、その精神を引き継ぐことになると思うのであり、アユミギャラリーという愛すべき建物を残された娘の私に託された課題でもあると思っている。

すずき・あつこ

神楽坂の隣、新宿区横寺町生まれ。そこで育つ。日本女子大英文科卒。武蔵野美術短期大学絵画科卒。故・鈴木喜一(建築家)とアユミギャラリー、鈴木喜一建築計画工房を共宰。