第一回  偉大なるマンネリを目指して —神楽坂毘沙門寄席「菊之丞の会」ポスター制作—

古今亭菊之丞師匠を初めて聴いたのは十四年前、彼が二ツ目だったとき。「廓噺を楽しんで吉原を散策」という、何ともヤワな内容の台東区主催のイベントがありました。会場がまた「千束健康増進センター」というチグハグぶりも気に入りました。演目は「明烏」と「片棒」。師匠の印象としてはズバリ、「上手い若手だなあ」でした。

師匠とは公演後の会場で、矢来町の志ん朝師匠のことなどについて歓談しました。続いての元遊廓内散策は、昔さんざん廓で遊んだであろう鳶の頭がご案内役という粋さでした。それからは師匠の真打昇進披露宴に出たり、寄席に行ったりのご縁が続いていました。

まち歩きのお手伝いからお付き合いが始まった「NPO法人粋なまちづくり倶楽部」から二〇〇五年、「定期開催している毘沙門寄席で『菊之丞の会』を立ち上げたい。ついては年四回のポスター制作を」というご依頼が私にありました。師匠なら知っているし、生来の寄席演芸好きで、当時は歌舞伎座の興行ポスターデザインなどを手掛けていたころ。思慮もないまま気安くお引き受けしました。

さて、どのようなポスターに?と、あわてたのはそれから。でも幸いなことにイラストレーターの小森傑さんという長年来の悪友がすぐに頭に浮かんで、私の考えたデザイン案を相談しました。それは、毎回の演目に合わせて師匠の似顔絵イラストを描いてもらうという、実に難題かつ面倒極まりないアイデアでした。

小森傑さん(右) 古今亭菊之丞師匠(左)

当時は大変な闘病中の小森さんでしたが、これまた大の落語好き。「好きなことに没頭することは、何よりの薬になるらしいよ。それともこの俺の頼みが聞けないとでも」なんて、なだめ、すかし、脅して、やってもらう運びとなりました。実際、小森さんはこの後に全快に至って今はもう元気そのもの。TVでもお馴染み「笑点暦」の噺家さんたちの似顔絵を毎年描くなど、忙しく活躍中です。

制作のプロセスとしてはまず、次回の演目をもらう〜どの場面の誰を師匠にするかを決める〜作画の場面に嵌まるセリフを考える〜仕上ったイラストを入れて全体のデザインを完成する、といった短期集中手順です。似顔絵は毎回替わりますが、記載要件がほとんど同じなので、構成はあまり変えなくて済みます。ただ、ご好評はいただいてはいるものの、今度が第三十四回ともなると飽きも感じられるのでは、と思わないでもありません。

だが待てよ…、『偉大なるマンネリズム』というのがあるではないか。「座頭市」も「森繁の社長シリーズ」も、なかでもあの「男はつらいよ」は四十八作も、観客は同じパターンの展開を楽しんだではないか…なんて考えます。勿論そんな大作を比較例にするのは畏れ多いことでありますが。

そんな勝手な思い込みで、小森さんとのこの楽しい苦闘は、もう少し続けさせていただこうと思います。四月九日(木)の『菊之丞の会』にも、皆様どうぞお運びください。 

第31回ポスター

次号からは私の携わっている、まち歩き案内、神楽坂アーカイブズ、講談創作、などについてお話します。

やまぐち・のりひこ

岐阜県郡上八幡生まれ、山口県育ち。江戸庶民文化史の研究や講談・落語創作に勤しむ。講演、歴史散策講座を担当。神楽坂在住。