第7回 神楽坂の日本文化・フランス文化

先日、BS朝日の番組「クイズ*モノシリスト!」で、神楽坂がテーマになり、「千月」という料亭でロケを行いました。ゲスト出演した私は、神楽坂の芸者さんの踊りやお座敷遊びを楽しませていただきましたが、細々ながら、料亭文化がしっかりと残っていることに感慨を覚えました。

そして、これも最近のことなのですが、料亭「幸本」でお座敷落語会を開きました。桃月庵白酒師匠の「井戸の茶碗」をわずか20名ほどのお客様と一緒に楽しんだのですが、料亭はただ飲み食いする場所だけではなく、落語を聴くお座敷でもあることを知っていただきたかったのです。

落語を聴く場所としては寄席があり、ホール落語と言って1000人ものお客様を相手に開く落語会もあるわけですが、一昔前までは、料亭のお座敷で聴く落語が最も贅沢でした。吉田茂元首相や平成天皇の皇太子時代の教育係であった小泉信三などは、お座敷に桂文楽や古今亭志ん生を呼んでは、文楽の名人芸や志ん生の大津絵を楽しんだと言われます。こういう料亭文化が衰退してしまうとなると、なんとも寂しい気がします。店がなくなるばかりでなく、文化も消えてしまうわけですから。

料亭「幸本」の前の露地を毘沙門様に向かっていくと、本格のクレープを売り物にする「ブルターニュ」というクレープリーが小さな店を構えています。デザートのクレープばかりか、食事用のガレットまで揃っていて、そのガレットをシードルを飲みながらいただくと、一挙にフランス気分が漂ってきます。その隣には、江戸料理の「ねぎま鍋」を売り物にする「山さき」があります。

「ねぎま鍋」とは、「葱」と「鮪」のことで、冷蔵庫がなかった江戸時代、まぐろの赤身は醤油樽に漬け込んで保存し、赤身と醤油の相性がまことに良かったので、「づけ」が生まれましたが、脂ののった「とろ」は持て余していました。そこで考えたのが、鍋で脂を落とし、葱と一緒に食べた冬から春にかけての江戸っ子が好んだ鍋です。

さて一本、飯田橋寄りの通りには「ルグドルム・ブショネ」があり、こちらはリヨンの伝統料理クネル(魚のすり身)が売り物です。「ルグドルム」は、リヨンの古代語で、ブルターニュとリヨネが背中合わせになっているところが面白い。

このように、神楽坂には数え切れないほどのフランス料理店があります。現在の一押しは「AROMES(アロム)」で、29歳の日本人シェフが素敵なフランス料理を作っています。フランス人シェフが多いのも神楽坂ならではで、これは近くに「インスティチュ・フランセ」というフランス語学校があるためだろうと思います。

そこに通うフランス人たちが、神楽坂の住み心地に気が付いて、口コミでどんどん広がっていったのではないでしょうか。

神楽坂と「インスティチュ・フランセ」の中間に「アグネ スホテル」があります。おしゃれな小型のホテルで、私のお気に入りの1軒。ちなみに「AGNES」はオーナーの千賀(SENGA)を逆に読んだもの。

神楽坂は露地を歩くと、フランス文化がしっかりと根付き始めていることに気が付きます。いい意味で「フランス租界」、5年後10年後がますます楽しみになってきました。

やまもと・ますひろ
一九四八年東京生まれ浅草育ち。早稲田大学第二文学部演劇科卒業。卒論「桂文楽の世界」がそのまま出版され、評論家としてデビュー。一九八二年「東京・味のグランプリ」で料理評論のジャンルを切り拓く。主な著作に「至福のすし すきやばし次郎の職人芸術」「イチロー勝利への十ヶ条」「立川談志を聴け」最新刊は「東京とんかつ会議」(共著)。