第2回 「あかぎ寄席」

神楽坂・赤城神社で、平成26年(2014年)から年3、4回定期的に「あかぎ寄席プレミアム」として「はじめての落語」という落語会を開かせていただいている。私の役どころは、プロデューサー兼ナビゲーター。

私と「落語」の付き合いは、「料理」よりずっとずっと古く、高校生まで遡る。下町育ちで、両親が落語好きということもあり、高校2年生の時、日比谷の「東宝名人会」で古今亭志ん生の落語を聴いている。大学は、落語をはじめ、歌舞伎、人形浄瑠璃を勉強したくて、演劇博物館のある早稲田大学を目指し、第2文学部の演劇科を卒業し、その卒業論文は「さよなら名人芸 桂文楽の世界」として、晶文社から出版された。卒論が本になったのは、早稲田では三人目と言われた。

不世出の名人「桂文楽」を卒論のテーマにするにあたって、黒門町の師匠こと桂文楽の最後のお弟子さん桂小勇さんを紹介していただき、それが縁で、「桂小勇の会」という独演会の裏方のお手伝いをさせていただいた。

これをきっかけに、いくつもの落語会のお手伝いをするうちに、ホール落語の古参格「東横落語会」の企画委員を命じられた。当時のレギュラーは、三遊亭圓生、柳家小さん、金原亭馬生の三師匠。これにさらに三名の真打を加えた高座を企画、構成するお役目である。毎回、鎬を削る、鍔迫り合いの高座はほかの落語会では見ることのできない迫力があった。

ただし、落語会の中でもこの落語会は上級編で、落語に馴染んでいるファンは、たまらなく魅力を感じていただろうが、この「東横落語会」から落語を聴き始めるにしては、いくら落語家が本物の最高峰といえども、かなり難しかったに違いない。

いつか落語初心者向けの落語会を開きたいと思っているうちに、落語から縁遠くなり、料理の世界での仕事が多くなっていってしまったのだった。

それから、30年ぶりに落語界に復帰し、日本橋三井ホールでの「COREDO落語会」と神楽坂・赤城神社での「あかぎ寄席」をプロデュースすることになった。

落語会のタイトルを「はじめての落語」と名付けたのは、「あかぎ寄席」での落語会当日、生まれて初めて落語家の生の高座に接するお客様の目線を大切にしたいと願ったためである。その初心者の目線とは「なぜ、落語家は着物を着て、座布団の上に座り、老若男女、森羅万象を描いて見せるのか?」という初歩的な疑問である。

その質問を、会の前半にナビゲーターの私が落語家に問いただす。今まで、柳家権太楼、立川志らく、林家正蔵、柳家花緑、柳家喬太郎、春風亭一之輔といった各師匠にご登場願っているが、一人として同じ答えがないところが面白い。それほど、落語は自由で、融通無碍なのである。また、その答えが、何十年も落語を聴き続けてきたファンにも楽しめる内容になっている。そして、後半は、師匠の落語をたっぷりと楽しむ趣向。

次回は12月19日(火)夜7時から、出演は春風亭小朝師匠、100名ほどのお客様の前でどんな噺を披露してくれるのだろうか。いまから楽しみである。

ご予約・お問い合わせは事務局いたちや(03-5809-0550)へ。

やまもと・ますひろ
一九四八年東京生まれ浅草育ち。早稲田大学第二文学部演劇科卒業。卒論「桂文楽の世界」がそのまま出版され、評論家としてデビュー。一九八二年「東京・味のグランプリ」で料理評論のジャンルを切り拓く。主な著作に「至福のすし すきやばし次郎の職人芸術」「イチロー勝利への十ヶ条」「立川談志を聴け」最新刊は「東京とんかつ会議」(共著)。