第三回 六花街対抗のボウリング大会

時代によって遊びや流行るものはいろいろありますね。40年近く前はボウリングが流行しまして、私ははじめて「新宿スターレーン」というところでパーティの後、ボウリングを体験しました。その数年後に門前仲町にスーパー赤札堂の大型店が進出して、そのオープニングパーティに東京六花街の芸者さんによる対抗ボウリング大会が開催されたのです。芳町の芸者さんたちは、人力車で駆けつけたり、各土地ごとに噺家さんがプラカードを持って行進したり、それはそれは華やかなイベントでした。

実はこの日私たちはイベントの内容を聞かされていなかったのです。最初に足の文数をきかれ、はじめてわかったのです。着物姿にボウリング用シューズをはかされ、なれない手つきで大きな玉を抱え、よちよちと歩き転がしました。もちろん勇ましく投げる人も、上手な人もいました。競技が終わってみると、運動神経のよい仲間が多かったせいか、運がよかったせいか、なんと神楽坂のチームが優勝しちゃったのです。1等賞の記念にボウリングのピンを一ついただきました。この時のピンが見番のどこかにまだあると思います。当時の週刊誌には、うれしそうな眞由美さんの顔がドーンと掲載されたり、テレビの芸能ニュースにもなりました。

昔は遠出もあって、あちこちの観光地へ行きました。今でも思い出すとおかしくて笑ってしまうのは、伊豆長岡の「桃李郷」という旅館へ行った時の話。旅館の庭にはプールがありましたので、宴会が終わってから「泳ぎたい」といいましたら、水着を買ってくださったお客さんがいらっしゃったのです。でも、考えてみれば頭は日本髪のままなんです。変ですよね。でも私は日本髪のままで泳ぎました。さぞ不思議な光景だったことと思いますね。

伊豆長岡の帰りには、箱根の芦ノ湖に寄ってモーターボートに乗せてもらいました。この時は、湖上を疾走するボートの上で受ける風はとても心地よかったのですが、船体に大波がドンドンと当たるたびに、日本髪の根本がガクガクと揺れて、まげを手で押さえながらずっとハラハラドキドキして乗っていました。

楽しい思い出は、節分のおばけという行事です。同じ年頃の仲間、ぼたん、孝美、りん弥、由みゑの四人で舞妓さんの恰好をしようと朝早く東京を発って京都まで行ったのです。本場京都の髪結へ行き四人それぞれ違う髪形にするのが目的でした。割しのぶ、おふく、奴島田、さっこうの髪形になって日帰りし、翌日から私たちは舞妓姿になって四日間お座敷をたくさん回って踊りました。

こんなのんきな贅沢ができたいい時代だったのですね。

見番では各お稽古のお師匠さんごとに旅行の積立をしていて、夏になるとお師匠さんを囲んで海や温泉に遊びに行っておりました。今はもう行かなくなってしまいましたが…。

旅行以外では、TVドラマのお手伝いで、横浜市青葉区にあるTBS緑山スタジオへ行くことが度々ありました。プロデューサーの石井ふく子先生にお声をかけていただき「東芝日曜劇場」に芸者さんの役などで出させていただきました。撮影現場では、杉村春子さんや池内淳子さんの演技を間近に拝見でき、本当にすばらしい体験をさせていただきました。思えば、神楽坂のお座敷が忙しい中で、よくあれだけいろいろな場所へ出かけられたのか、不思議なぐらいですね。

さいとう・れいこ

昭和21(1946)年生まれ。生粋の神楽坂っ子。昭和36年にお酌でお披露目、昭和39年東京オリンピックが終わってから一本に。只今は常磐津(浄瑠璃)の語り方