第五回 『神楽』は好きですか?

神楽坂の地名は神楽に由来していると言われていますが、失礼ながらその神楽の何たるかを知る人は少ないのではないでしょうか。それもそのはず、都会に伝わる能・狂言、歌舞伎などの関連本は書店に多く並んでいますが、神楽に関する書籍は、近隣の書店は疎か古書店を探しても中々見つかりません。

たまたま私の手元にある、本田安次氏の「日本の伝統芸能」(錦正社)には、〝神楽には色々な種類があり、一貫した特色として人々が神座(かむくら)を設けて集まり、神を招び、集う者の罪や穢れを祈禱によってはらい、魂の強化と長生を願うことであった…〟と書いてあり、神座が神楽の語源と記しています。とすると、牛込・神楽坂周辺でその昔聞こえてきた神楽を奏する音とは、都会風の巫女舞いか大神楽に属する獅子の舞いの伴奏曲ではなかったのでは、と想像するのも間違いではないかも知れません。いずれにしても、明治維新、関東大震災、先の戦争、と伝統破壊の危機を乗り越えて地域の芸能を支えてこられた方々のご努力には敬意を表します。

最近では、ここ神楽坂で伝統芸能の公演が多く開催されるようになってきていて、真に喜ばしい限りです。それでも、伝統芸能全般では後継者不足が深刻で継承が困難になり、消えた芸能が沢山あるという声がよく聞こえてきます。また、戦後再興された都市の郷土芸能には、貴重ではありますが、残念ながら動きの乏しい復活しただけと思われるものも散見します。それに引き換え、日本各地、特に辺境と思われる都会から離れた地域には、優れた郷土芸能が多く残されています。神楽だけでも、宮崎県の高千穂神楽、銀鏡神楽、岩手県の早池峰神楽、黒森神楽などハイレベルな舞いを披露している団体は枚挙に遑がありません。これは、欧米文化の急激な招来という明治以降の政策が距離の問題で届かなかったというより、それぞれの地域の人々の重要な儀式として篤い信仰に支えられてきたからに相違ありません。

ただし、日本は古来より、世界の様々な地域の文化の影響を受けてきました。これは私見ですが、よく知られる近隣や欧米諸国からだけではなく、大航海時代以降、中南米や南アジア、それ以前はモンゴルなどのユーラシア草原民族等から我が国の民衆文化への影響があったと思われるのです。例えば、太平洋側の民謡には、19世紀にカリブ海から世界に広まったハバネラやインドネシアの歌謡などとの交流を思わせるものがありますし、北東北には中央アジア人風の大日如来像などもあります。時代は飛びますが、戦後ジャズやロックなどは、音楽だけではなく文学やファッションにまで影響を及ぼし、文化の多国籍化、無国籍化が進んでいるように見えますが、英米だけではなく、現代に於いては他の地方をも含めた複眼的な視座を持つことが重要になります。以上のようなことを踏まえて、この冬12月13日から28日まで神楽坂サウンドスケープを開催します。神楽坂地区の点から線、線から面への、各種音楽による賑わいの創出が目的です。前夜祭として、12月12日(金)19時より、牛込箪笥区民ホールでの「ジャンゴ108 in 神楽坂」公演があります。ジプシージャズを知る良い機会です。お運びください。

うすざわ・ゆうじ

1948(昭和23)年岩手県大槌町生まれ。銀座・ヤマハホールを退職後、ギター演奏、作曲、イベントオーガナイザーの他、音楽評論、文筆、郷土芸能研究、仏像蘊蓄士、日本楽壇将棋連盟常任理事、ウスザワユージアム館長(北軽井沢)。