第二回 のらり、くらり、そろり…ふらり

築地へ行った帰り道、久しぶりに銀座まで足を延ばしました。ほんの一寸のつもりが、脇道を覗く癖がつい出てしまい、二時間ほど銀ブラを楽しんできました。しかし、しばらく見ないと街は変貌するものですね。東京のあちこち、再開発の話は聞いてはいたものの、銀座五丁目から新橋方面にかけての風景の変化には、驚くばかりでした。数寄屋橋近くの阪急や旭屋書店があった五丁目一帯、そして、六丁目の松坂屋がすっぽりと抜け落ちたかのように消えて、白いパネルに覆われていたのです。建設後の計画は断片的な噂話に過ぎず、私が伝えるものは何もないのですが、日本橋、京橋付近も同様のようです。しかしながら、区画の変化には至らず、多くの店舗は健在なようですから、ただ歴史を重ねているだけのことなのかも知れません。

翻って神楽坂について考えてみますと…。この街の店や人のことなども各人各様の史観により、似たような現象を表出しているのかも知れません。私など、散歩の途中で工事現場に出くわすと、その場所に以前何があったのかさえ思い出せず、神楽坂を語る資格はありませんが、それでも、繁華街に共通するある事項が気になりますので私見を述べてみます。

それは、メインストリートから脇に伸びる道のことです。一見、ただ通り抜けるだけの存在に見えながら、この道を生かすことが繁栄のポイントに思えるのです。このことは、飯田橋から早稲田方面を樹木に例えて想像してみるのが理解の早道です。個性溢れる店舗がバランス良く点在することが、光合成の働きのようにまず大事ですが、ここ神楽坂も魅力的な店が多いですね。今の良さを継承しつつ、この先も坂下坂上に限らず、脇道を訪ねる楽しみを多くの方々に味わっていただければと願うばかりですが、少々気になるのが大久保通りの存在です。そのことは別の機会として、今宵は、その大久保通りに面した店を訪ねます。

普段、人は道を歩く場合、目的毎に合理的な道の選び方をしています。通勤通学はもとより、ペットの散歩などもそうです。ところが私は街の様子を知りたいこともあり、あえて遠回りをすることが多いのです。今回は、神楽坂通りを進まずに毘沙門天の横道から向かうことにしました。はじめの角には「もりのいえ」がありますが、ここは食事と酒を楽しみながらライブが聞ける店です。「加賀」を右折すると、くねくねと鰻のような道にぶつかります。その手前の「ベルパッソ」は新宿区のマイスターに選ばれた婦人靴作家の店舗兼工房で、昨年私のギターライブを開催していただきました。その後、中町には行かず、藁店へ。地蔵坂を下りる途中の「奏庵」。この店は皆様ご存知、シャンソンの歌い手がオーナーの店です。神楽坂通りへ戻り、交差点の交番の前通過で、目的の「恒」到着です。ここの店主は自他ともに認めるジャズ好きで、彼の旬菜料理と旨い日本酒を堪能して帰途につきました。
このような個々の店舗を、ライブエンタテインメントにより繋ぎ街に賑わいを、というのが私の願いの一つですが、このことは都会に限らず地方に於いても有効のはず……。

この秋、私はふるさと大槌を中心とした陸中(釜石・山田・ 宮古)各地を廻る予定ですが、ここには優れた郷土芸能が連綿と引き継がれていて、その調査が目的です。興味は尽きません。

うすざわ・ゆうじ

1948(昭和23)年岩手県大槌町生まれ。銀座・ヤマハホールを退職後、ギター演奏、作曲、イベントオーガナイザーの他、音楽評論、文筆、郷土芸能研究、仏像蘊蓄士、日本楽壇将棋連盟常任理事、ウスザワユージアム館長(北軽井沢)。