第九話 美空ひばりさんの舞台と新内

天才とは、天から与えられたような、人の努力では至らないレベルの才能がある人を指すそうです。

私の知っている芸人の中では美空ひばりさんもその一人。

その美空ひばりさんの新宿のコマ劇場連続出演二十周年の記念特別公演があった。十一月、十二月の二か月の舞台公演の話がまた東宝から来たのである。昭和五十八年でしたからもう昔の事だが、私にとっては生涯忘れ得ぬ想い出である。

山田五十鈴さんの時とはまた違った喜びであった。

云うに及ばずながら毎日満員で、熱狂的フアンで埋め尽くされていた。その人気は今更私が述べるまでもないが、間近に観たその光景はただただ圧倒されるばかり。

芸と人柄とそして人気と言い、ひばりさん程の歌手は今後なかなか現れないであろう、当に天才と呼ばれるに相応しい。

この記念すべき公演はひばりさんの案で、樋口一葉の「たけくらべ」のミュージカルを上演する事となった。

その脚本・演出家の沢島正継先生から電話が入った。

「水仙の詩」と題した作品の中で新内の師匠が登場し、美登利が内弟子となって修業をする。そして美登利が劇中で新内を語り、三味線を弾く。主役の美登利役は勿論ひばりさんである。そこでひばりさんに新内を指導して欲しいと頼まれた。沢島先生もやはり新内好きなのだ。

私は以前から酔ってカラオケで歌う時は「悲しい酒」「佐渡情話」だけである。今は滅多に唄わなくなってしまったが、ひばりさんの曲の中ではこの二曲が大好きである。

余談ながら先日、久し振りに神楽坂のスナックでこの二曲を唄った、というより唄わされた。なんとも名曲だと思う。酔った勢いだったが、やはりいい気分だった。

さあその天才ひばりさんに新内の指導をする。これはいい気分どころではない。嬉しくもあり、幾分楽しくはあるけれど緊張が先であった。

三味線を持参し弟子を連れてお宅に伺った。ムームーのような服を着て出迎えてくれたのを覚えている。

浄瑠璃は「らん蝶」で三味線は新内の代表的前弾き「中干」の稽古。お稽古にあたっては仏壇の前に私を座らせて何時も師匠の私を立ててくれた。彼女の姿勢は後に何度お会いしても変わる事なく、やはり超一流の人は違うなと感心したものだった。古典に対する礼儀と受け取った。

お稽古は二曲をテープに入れて渡し、暇を見つけて自分である程度覚えてもらう。現在のお稽古方法も皆さん同じある。それでも数回はお宅に稽古に伺った。

短期間ながら浄瑠璃も三味線もしっかりと修得されたと私は感心したが、いざ本番の前になり浄瑠璃を語る事は止めて三味線のみの演奏となった。正確に正当に新内を語らないとフアンに対し失礼と思ったそうである。完全主義者だったのだろうか。私としては語ってほしかったのだが。

新宿コマと梅田コマの二か月の公演であったが、その間に音楽や芸術に対する姿勢や、フアンを最優先に大切にし、決して奢らない心の大きさ豊かさに感嘆したものだ。ひばりさんから頂いた三味線ケースは今も大事にしている。

偉大な人と出会うと自己高揚を啓発される。人生って素晴らしいものですね…。それは楽しい哉、出会いの妙…。

世界約四十数カ国公演しての一期一会は次号から

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

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