第34話 最終章 新内節「いろは」考 第四章

•あ 吽阿(ア・ウン)の呼吸の間は太夫と三味線弾き

太夫(語り手)と三味線弾きが呼吸を合わせ、互いの微妙な意思の疎通を図る。特に語り手の息の延ばし方継ぎ方は、場面の解釈の仕方やその日の健康状態に依っても変化する。その息を三味線弾きは永年の「相三味線」の経験から瞬時に読み取る。口を開いて息を出す「阿」息を吸って口を閉じる「吽」、この絶妙のタイミングは譜に表せない。今風にいえばシンクロするのである。

•さ 酒は飲んでも高言高笑いは禁

語り手(歌手)や声の商売の人は声帯の状態に神経を使い、日頃の生活に気を使う。食べ物飲み物、睡眠時、対話時、稽古方法と人に依っては異なる。声に悪い食べ物飲み物があるが私は余り気にしない。ただ演奏前の飲酒は控える。十日から十五日間は断酒。呑む時は高笑いせずに黙って静かに一人で呑む。ならば呑まない方が良い。

•き 教学は相長ず 教うるは学ぶの半ばたり (礼記)

お弟子に教える事は、学ぶと言う事であり、双方で助け合い助長して行く。

教えることがすなわち学ぶ事で、学ぶ事はすなわち教える事。人に教えると言う事は半分は学んでいる。確かにお弟子に稽古を付けると、思わぬ発見が多々あるもので、己にとって芸の上達の上では大事な修業の一つである。そして弟子を取らないと一人前にならないと言われる。

•ゆ 行く先案じる新内の伝承

日本伝統芸は総て後継者不足に直面している。素晴らしい芸が後世に伝承されない危機である。我が新内も極端に若手伝承者が少ない。、仕事が少ないために生活出来ないという寂しい現実の他に理由は幾つかある。聞く機会がないために難しい長い判り難いとの先入観。動きのある激しい音楽を好む若者には向かないかも…。当事者の努力と、国が伝統芸伝承に本腰を入れる……を期待。

•め 名人上手はもう現れない

邦楽世界のみにあらず、総ての芸の分野に言える事。何故名人が現れ出て来ないのか。その一つは社会環境の変化。文明が発達し豊かになり過ぎた。石にかじり付いても志を成し遂げる精神が失われたのか、崇高な仕事より安易な金儲けに進む。また苦労して修業し長い時間をかけても未来が保障される訳でもない。その上電子機器の発達で、機械が師匠に変ってしまったのも理由。

辛抱する、耐え忍ぶ、急がず諦めない、時間を掛ける……無理なのか。

•み 魅力ある芸 美しい新内

古典芸能の三味線音楽はそれぞれ異なった独自の魅力を持つ。新内三味線は他流より手数は少ないが一音一音を大切に弾き、透明な澄んだ美しい音色を醸し、浄瑠璃の奥深さを引き出す。唄(浄瑠璃)は高音を駆使し繊細な節廻しで聞く人の琴線に触れる。時に強く激しく力強い声で、時に優しく嫋嫋(じょうじょう)と美しい声で人間模様を三味線にのって語る浄瑠璃。

•し 三味線は日本人の感性

  中国の三弦が沖縄に伝わり蛇皮線となり、室町時代に大坂の堺港に伝わる。琵琶法師が改良を加えて共鳴腔の胴に猫(犬)を張る。糸は絹。撥は琵琶の撥の形を真似た。棹は紅木が最良、胴は花梨、駒は象牙他、撥も象牙他で、糸以外は輸入にたよる。棹は太棹・中棹・細棹があり胴の大きさ、皮の厚さ、糸の太さ、撥の大小、駒の大小高低厚みそして弾き方も其々異なる。長さは同じ。三味線は消耗品であり名器は存在しない日本人の感性が創った楽器。

•ゑ 縁でこそあれ末かけて…師弟の関係

新内の代表曲で基本の曲である「らん蝶」の内で、一番のさわりの部分の詞章が「縁でこそ……」。縁があってこそ末を契って夫婦となり、世帯を持つとの意味合いの歌詞。この世は総て出会いにによって決まる。人生は如何なる人と出会うかで決定する。師と弟子の関係も正に縁である。師に依って弟子は芸が左右され、弟子に依って師は芸人生が変わる。一期一会の真髄と言える。

•ひ 品格と色気が芸の二代要素

人間は品性と程良い色気を備えている人が魅力ある。まして芸は芸人(芸術家)がそのまま当然反映される。品位の重要性は言うまでもない。だが上品過ぎると芸は面白くないが下品は最悪。そして品格に色気が備わると上等な芸となる。色気と言ってもなまめかしくドロドロした厚塗りの色っぽさではない。粋な色気、さらっとした艶っぽさ、芳しい雰囲気が備わって華のある芸。

品性は努力で身に付くが、色気は持って生まれたものかも……。

•も 物語を三味線にのって語る浄瑠璃

新内は語る物か唄う物かと聞いたら流す物でと云った笑えない話があった。

義太夫・新内・常磐津・清元等が浄瑠璃系三味線音楽。心中物、恋愛物、戦記物、殺人事件、ご祝儀物等々の物語を、三味線の伴奏に乗って語って行く。一時間二時間三時間と長く、流し(門付)で演奏出来得る浄瑠璃には非ず。

•せ セリフではなくコトバ

浄瑠璃は簡単にいうとフシとコトバに分けられる。フシは音楽的には唄う(カタル)部分。コトバはそのままセリフの部分。然し浄瑠璃においてはセリフとは云わない。セリフは芝居の用語で声色。浄瑠璃と歌舞伎芝居と同演目でも登場人物の喋り方が違う。浄瑠璃のコトバはフシの一部であるとの決まり事。

•す 好きこそ物の上手なれ 芸に惚れろ

好きだから上手という事はない。下手な横好きと言う事がある。ただ一途に熱心に芸に励み、執着をもって諦めないことが肝要。芸が大好きで、芸に命がけで惚れる事が大切。私にとって人生は新内、新内が命。上手いまずいは別として我れ芸に惚れ、新内を愛す。新内は何と素晴らしき芸であろうか。

•ン

いろはは四七文字で最後にンをつけて四八文字。作は空海とも謂われるが定かではない。ンで始まる日本語の字句はないが、ンは大事な文字。ンは口を閉じて発声する。浄瑠璃ではウやヌはンと発音。

「いろは考」を書きつつ傘寿を迎えて、これ以上芸が進化するとも覚えず、が今迄以上に真摯な姿勢で諦めずに生涯芸道に取り組むと改めて決意した。

「新内横丁の調べから」を掲載始めてから三十四回で、五年余り新内に関する拙文を書いて来た「かぐらむら」も百回目を迎え最終号となった。

神楽坂の想い出、父であり師匠の事、当地で昭和三年から昭和の終わりまで営んできた母の店「喜久家」、そこに集まる多くのお客の事、私の海外演奏旅行の行状記、そして「新内いろは考」で締めくくった新内横丁発信の新内便り。

毎回字数の制限から書き残した部分が多々あり、少し足していずれ本にまとめて出版する予定ですが、長きに亘って掲載させて戴いた、編集長の長岡さんのご理解とご厚意に深謝し心より御礼を申し上げます。

「かぐらむら」は私にとりましても有り難い存在でありましたが、当神楽坂にとっても誠に意義深い冊子であり、神楽坂の情報誌として当地の歴史、文化芸術、商業等の広範囲を掲載し、発展、宣伝に寄与貢献して頂きました。

本当にご苦労さまでございました。今号が最終となり神楽坂が寂しくなります。多くのフアンの方々も同じ思いを感じていると存じます。始まりは終わりの出発です。この終わりは新たな出発の始まりと大いに期待しております。

期待に胸を躍らせて待っております。有り難うございました。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

神楽坂交響楽“談”アーカーブ

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