第33話 新内節「いろは」考 第四章

•の 喉(声帯)はコトバを発する楽器

声は声帯より発っして口から出る事は言うまでもないが、音楽的には楽器のように節を創り曲を奏でる。高い声は頭声、低い声は胸音と共鳴箇所は異なるが出処は声帯。その楽器から日本語の文章にて物語る。

•お 音楽ではない音楽、浄瑠璃は譜面にならない浄瑠璃

一般的に音楽と言えば五線譜に書かれた音符に忠実に演奏される。楽器も声楽にしても決められた音を奏す。浄瑠璃は五線譜では表すことができない語り物。コトバ(せりふ)が多く、特に語り手に依って節も間も異なり音符には出来ない。その辺が単に音楽と呼べない所である。

•く 口伝は師匠にあり、テープ(電子機器)は師にあらず

古典伝承曲は師匠から口伝にて習い修得する。師の前に正座して耳から覚えるもの。これが稽古。耳から入るのは曲のみではなく、むしろ叱られる事が多い。昨今は電子機器で覚える。これは稽古ではない。カラオケと同じ。注意も直しも小言もない。上手くなる道理がない。

•や 約束事、決め事多し伝統の世界

演奏する芸の決まった形は正確に存在する。師弟の間でも不文律はある。がそれ以外で舞台上での約束事で指輪、首輪、腕輪、イヤリング、時計等の飾り物は使用禁止。また眼鏡が必要な時は縁なし。素足も駄目。髪の毛は男女とも前に垂らさずおでこを出す、茶髪駄目等々決め事多し。

•ま 前弾きは新内の特徴の一つ

新内の演奏形式の一つとして語り出す前に前弾きと称す前奏曲がある。語る曲に依って決まった前弾きもあるが、語り物の内容に依って大方決められている。前弾きが始まると新内を聞くと言うワクワク感がある。

•け 芸は人なり

最も肝要な格言。芸によらず性格が人間を決める。生き方を決定する。芸は殊に演ずる人間性が如実に表れる。品性、心根がそのまま芸に反映される。表現にも声そのものにも人格が出る。面白いし恐ろしいもの。

•ふ 風流な新内流しは新内にあらず

新内と言えば新内流しか……と軽く見られてきた。流しは本来の新内に非ず。新内は歌舞伎や舞踊や人形との共演がない為、仕事(収入)がお稽古に頼るのみであった為に生活の手段として存在した。その流しが庶民に愛されて最近まで残った。風流情趣があるが新内のイメージを損ねる。

•こ 声も技も仕上がってから芸となる

古典芸能の世界は精神論が先行するきらいがある。芸の道を究めるには精神性は重要だが、技術が伴わずに心の在り方や理屈ばかりを論ずる人が多く見受けられる。声を鍛え上げ技術を習得してから芸の域に入る。

•え 演じて動かず 静に動あり

当然ながら邦楽家は坐したまま演ずる。特に語り手(浄瑠璃)は見台(譜面台)の前に紋付袴で初めから最後まで正座して語るのであるが、その間に顔を左右に振らず、手も動かさずまっすぐ正面を向いて動きある情景も喜怒哀楽の心理描写をする。然し笑う時、怒る時、泣く時等はやはりその顔になる。一人オペラの一人正座不動の浄瑠璃芝居。

•て 電子頭脳には不可能な浄瑠璃

進歩著しいAI(人工頭脳)が活躍してこれからの社会を担っていくこととなる。然し芸術の分野、殊に我が浄瑠璃の世界では無理。内容の状況情景そして登場人物のその時の喜怒哀楽は教え込んでも、語り手と三味線の呼吸、語り手の生き方考え方による繊細な味や機微が出ない。活字と書道の違い、造花と生花の違い、そして最大の違いは誠の愛、人間愛が表現できないと思う。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

神楽坂交響楽“談”アーカーブ

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