第30話 新内節「いろは」考 第1章

新内は古典芸能音楽の一派であり、江戸浄瑠璃の豊後節系の一流派である。常磐津、清元、富本とは親が同じ兄弟である。古典三味線音楽は現在ざっと十数種のジャンルが在り、それぞれが語り方、三味線のこさえ方(弾く迄の状態)が大幅にそして微妙に違う。三味線の糸の太さ、一の糸・二の糸・三の糸のバランス、棹の太さ、駒の高さとけずり方と置く位置、皮の厚さ、撥の大きさ・厚み、そして弾き方・弾く場所、掛け声、構え方等々細部に亘って相違がある。また浄瑠璃にしても声の絞り方や喉の遣い方の発声法、節とコトバ、情感の表現法、諸々邦楽の流派によって異なる。これらを総て解説するのではないけど、かぐらむらが今年度100号限りで惜しくも休刊となると聞き及びて、太夫(浄瑠璃語り手)が本職で声の商売、即ち歌手である私が浄瑠璃の事について、それも新内の語り手として六十数年稽古し修業し学んできて、私なりの愚考愚行試行錯誤を重ねて得た芸道の心得や、取り組み方や戒め等を「いろはかるた」になぞらて述べて見たいと思う。格言や諺などという大それたものでは毛頭ない。己の浅学を顧みず独断と偏見を交えて、諸先輩の嘲笑を無視して始めなんと欲する、年の初のためしとて

《色はにほえど吾が代たれぞ夢みしゑいもせず…ん?》

•い 一声 二節

太夫は何を稽古し何を覚え何を鍛えるか?それは最も大切な事が声を鍛える事。先ず曲を覚える事は無論第一義であるが、その曲を覚えながら声を鍛えて行く。声を鍛えて邦楽の声を作り上げる。声を出す元は声帯であるから、その声帯を邦楽の発声の理にかなった方法で作り上げる。それも大きな声で大きな口を開けて訓練し、筋肉を作り上げるアスリートの如く喉を鍛え上げる。節は覚えられるが覚えても声が出来ていなければ浄瑠璃にはならない。声が出来るまでには五年や十年では無理。声の事は最重要課題であり、多くの説明を要するが、今回は此処まで。

•ろ 論より稽古

これは余り説明を要しない。浄瑠璃の中身を掘り下げ、登場人物の老若男女の年・心理状態・職業、時、所、相手との駆け引き等々のシチュエーションを考察し、論理的に物語を作り上げる事は重要。始めから理屈ばかりをこねて頭だけで語ろうとするより、黙って師匠の教えに従って稽古をしろと云う事。そうすると師匠の芸域まで行くかも…

•は 花より団子より…

ご贔屓のお客様はありがたい、折りに付け支援下さる。演奏会にはチケットの購入のみならず、楽屋へもお見舞に生花やお菓子や小物等の差し入れに恐縮する。然しお菓子の甘味類を沢山頂くと嬉しい反面少々困る。糖尿氣のある私は特に困惑する。これは私だけではなく、多くの人の共通な悩みである。頂いて申し訳ないが…。

•に 憎まれっ子世にはばかる

才能があり過ぎて人から妬まれて憎まれるのは結構な事。だが得てして才能は無く図々しいが取りえで、自分を売り込む為に、伝手を頼りに、財力に物を言わせ出世の道を図る者が、幅をきかせるのがどの社会も同じで皆に嫌われ憎まれる。才能に欠ける者が多いようだ。品性の問題です。人の事より稽古に励もう。芸うますぎて憎まれてみたいものよ。

•ほ 骨折り損のくたびれ儲けはない

師匠にいつも叱られ、師匠に理不尽と思われるような事で怒られ、芸に関係のない事で小言を言われ用事ばかり頼まれる…アア厭だなア…等と思ってはいけない。これが理屈抜きの修業。弟子に怪我をさせるのはいけません…。辛い苦労の骨を折っても損はない。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

神楽坂交響楽“談”アーカーブ

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