第23回 古都エジンバラにて詩を原語で語る

目的地訪問の運転は僕もやるがほとんど弟子の鶴賀伊勢吉がハンドルをにぎり、僕がナビゲーター。ロンドン市の中心部の道路は非常に判り難い。迷って何処を走っているのか分からなくなって往生した。だが郊外は殆ど信号がなく、ラウンドアバウト(ロータリー)が大変に合理的であると感心した。日本にももっと取り入れるべきである。

ロンドン市内から一路北へ車を走らせた。なだらかな丘陵地を地図を見ながらスコットランドへ入る。途中で中世のお城の廃墟を見つけて観光しながら走り、小学校を訪問してエジンバラに到着。今回最も訪ねたかった古都で、中世そのまま遺す旧市街と古城。落ち着いた街並みと石畳を歩くと現代を忘れさせる。日本の古都とは違った趣がある。エジンバラ城に登ると中世の騎士になったような気分になった。

まず総領事に招かれてのレセプションが領事館で開催された。総領事ご夫妻をはじめエジンバラ大学の関係者、駐在の商社の日本企業の駐在員他二〇名程がいらした。舞台もない応接間で新内「らん蝶」を語った。

ほとんどスコットランド人ですので、曲の内容を簡単に説明してから日本語で語った。約十五分の演奏であったが、前列に座ってた当地の女性がハンカチで涙を拭っていた。曲の内容と哀愁ある曲調に感動したと述べていた。繊細な感性の持ち主なのでしょう。スコットランドが一段と好きになった。

明くる日は、エジンバラ大学の講堂での演奏会。前夜の領事館に来た人たちも含めて一五〇名程が集まった。歴史ある素敵な講堂内で、静かに開演を待っていてくれた。まず日本語で新内を2曲語った後、私は当地のスコットランド語で語りたいものがあったのです。

それは「蛍の光」等の作詞で日本でも知られる、スコットランドの英雄的な詩人「ロバート・バーンズ」の詞(レッドレッドローズ)を新内風に即興で語るというものです。しかもスコットランド語で語る。当地の原語は英語とはかなり相違がある事はご存知の方も多いと思う。このパフォーマンスは少し困難な挑戦かとも思い心配であったが、これはこの大学へ来る事が決まっていたときから温めていた演奏である。お集まりの皆さんは興味津々の面もちで始まるのを待っている。近頃滅多にない舞台だと三味線を弾く手も語り口にも集中力を高め真剣である。約十分の演奏であった。私も少し緊張、聞く人も緊張しているようだ。語り終えた。さあどうなのか反応は…? 立ってお辞儀をすると大きな拍手とともにスタンデイングオベーションで、喝采を送ってくれた。

この拍手は自国の英雄作家の詩を現地語で新内化して語った意欲と熱意に対してのお礼と、親しいみを感じて下さったのと、社交辞令も入っているのでしょう。これが理解し合える親善外交といえると思う。

終演後、ロバート・バーンズを研究している先生が私に「2~3年後にバーンズのミュージカルを日本でやりたい、是非協力をして下さい」と言ってきた。でもその後何も通知がなった。因みに「蛍の光」は英語圏では《新年ソング》として唄われているのです。スコットランドの歴史と芸術に敬意を表しつ、音楽の道で一つの交流が繋がったと感じつつロンドンに車で戻る。

海外公演は苦労の連続であるけれども、観光旅行では味わえない経験と感動に出会える楽しみが多い。特にこの文化交流使の仕事は、個人で総てを企画し作戦を練っての遠征である。今思えば四十五日間の海外公演は、生涯忘れ得ぬ楽しい貴重な体験の連続の想い出となった。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

神楽坂交響楽“談”アーカーブ

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