第十話 ブラジリア初日に窮す

私の子供の頃には、滅多に外国人を見る事はなく、まして神楽坂には殆ど姿をお目にかからなかったものだ。

わが母校の津久戸小学校の五年生の時に、帰国子女が編入して来た。その子の持ってくるアメリカ製の鉛筆や、消しゴムの良い匂いに驚いたりうっとりしたものだった。

その程度しか外国の記憶がない子供時代であった。

それが今やどうだろう神楽坂の外人さんの多い事たるや。それも観光客ではなく、神楽坂在住の外国人が多い。特にフランス人が多く、街でフランス語が飛び交っている。近くにかなり以前からフランスの学校があったし、彼らには神楽坂がお気に召したのだろうか。又この伝統の地に和食屋よりもイタリヤ、フランス料理店が圧倒的に多い。

観光立国を目指している日本。今後益々外国人観光客が増える事となり、経済効果も上がり各地の活性化が期待出来る。日本が素晴らしい国だから当然であろう。

さてここで来日外国人はさておき、逆に海外へ遠征して外国を賑わしている私の仕事の話を書きたいと思う。

新内の伝承普及の為に、日本各地を回っている日頃で、国内で仕事に出掛けていない県は、鳥取・山口・高知・佐賀県くらい。いずれ全県を踏破したいと願ってはいるが…。

海外はと云うと約四〇カ国、六〇数都市へ出掛けた。

三〇年前のフランスのアビニヨン国際演劇祭から始まって来月十一月のパリ公演までの間の演奏旅行である。やはりフランスとは神楽坂子として縁があるかも…。

だが頻繁に出かけるようになったのは、十五年ほど前からである。八王子車人形との縁で新内芝居を演奏する仕事で、海外演奏の殆どは車人形と一緒である。全ては書ききれない、印象深い仕事をいくつか紹介してみたいと思う。

初めが南米のブラジル・ウルグアイ・チリの三ヶ国。

この遠征は誠に楽しく面白く忘れられない思い出が詰まっている。当時は日本の景気が良く全員飛行機はビジネスクラスに乗り、ホテルも結構素敵で待遇が好かった。ブラジル5都市、ウルグアイ1都市、チリ2都市を廻った。その間の休日を利用しイグアスの大瀑布を見に出かけた。

ナイアガラの瀧を見た時は感動興奮したが、イグアスを見たら規模の大きさに圧倒され、ナイアガラがかすんだ。

アフリカのビクトリア大瀑布は更に壮大だと聞くので是非3大瀑布を見たいものだと願っている。

上演目は「弥次喜多」「葛の葉」の喜劇悲劇の2本立てでブラジルの首都ブラジリアが今回の初舞台であった。

意気込んで初日を迎えた。陽気な国だから弥次喜多は観客が多いに喜び笑うだろうと期待して幕が開いた。

とどうだろう、期待に大きく反して沈黙だ。静かな客席に帰る人もチラホラ出てきた。最後まで付き合ってくれた優しい人は半数であった。終演後大使館員が困った顔で楽屋へやって来た。「今日が初日でこの有様、現状だとこの先の公演が心配だ、何とかならないか」と相談に来た。「無理もない、尤もだ」と私も同感。「一晩考えさせて下さい」と云って、寂しく静かな初日の乾杯の打ち上げ会を開いた。その晩、上演の構成や演目の説明の仕方等を考えた。色色と考えている内に「アッそうだ、良いことがある」と思いついた。これが誠に功を奏し大成功。窮すれば通うずとは正にこの事で受けに受けた。以降この方法で各地上演する事となった。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。