第十六回 アヴィニヨン演劇祭参加

アメリカ公演は二〇カ所以上の公演で、ハプニングや楽しい辛い切ない想い出が多くてまだまだ書き足りない。その面白い紀行はまたの機会に譲るとして、今回からヨーロッパ公演紀行文としましょう。

ヨーロッパは約二〇カ国出掛けた。二度行った国もあり都市では二十五カ所以上(学校含む)で公演した。

最初に訪れたのは三十年前にフランスでの公演であった。古い事ではあるがかなり鮮明に記憶している。それは初めてのヨーロッパ旅行であるし、若かったので尚更感動が強く、多くの楽しい想い出が未だに忘れる事はない。青春の一ページの如くにその出来事が懐かしく脳裏に浮かぶ。それは真夏のフランスに舞踊家と新内家の約十名が降り立った時から始まる。パリ=シャルル・ド・ゴール空港から開業したばかりの新幹線(TGV)の駅へ。揺られて乗り換えて、アヴィニヨン公演前に、南仏は地中海沿岸のスペイン近くのモンペリエ音楽祭参加。そこから楽あり苦ありの始まりである。

ヨーロッパのサマータイムを初めて体験し、日没の遅いのに驚いた。当地で現在も七月に開催される音楽祭に出演したが、到着早々最初の海外で災難に遭遇した。

会場の楽屋で乾燥と暑さの為に三味線の皮が大きな音と共に破れた。まだ一度も演奏をしていないのに…。海外での演奏に慣れていない当時、その応急処置の用意がない。

現在は破れた皮用の緊急措置として白いビニールのガムテープを持参して行くのだが、当時はそんな物は存在してはいない。今宵がフランス公演皮切りであるのにさあ困ったぞ……迄は覚えているが、公演はどう対処したのかな? 三味線は楽器として最大の特徴は胴(共鳴器)に張ってある皮。材質は猫か犬。絃は絹、弾く撥は象牙である。

糸は演奏中に切れる事があるが、皮も消耗品であり弛んだり破れたりするが、特に猫が破れ易い。此の事態が演奏前だと大変に慌てる。三味線弾きは殆どが体験者だと思う。

現在三味線の皮の入手が困難であり、いずれ人工の皮に変わるのはそう遠くないと危惧する。音色が必ずや変わってしまうのは必至である(三味線の実情は改めて述べます)。

此の時は多分セロテープでも貼って演奏したと思う。

この公演は【歌舞伎舞踊】がテーマであったので、舞踊が主であり新内演奏はおまけのような存在であった。

三人で新内流しを弾き、「蘭蝶」も語ったと記憶している。

三味線は三人で弾いていたので何とか音も胴の破れた個所を隠しながら演奏したと思う。夜十時頃からの開演で涼しいが、初日にこの状態であったので冷や汗をかいた。

その後バスでアヴィニヨンへ移動したが、問題は解決していない。その時持参した三味線は偶々変え胴(三味線は組み立て式で竿と胴が別になる)があった……と云っても日本に置いてきたのだが。その変え胴を電話で取り寄せる事にした。今と違い電話も大変な苦労。どうにかマルセイユの空港へ届いたが、それからが大変に面倒な事で、高価であるが為(実際は安価な胴)関税を払えと云う。自分の楽器で間尺に合わないが決まりで仕方がない。色々あって結局マルセイユの日本総領事館に助けを求めて何とか決着した。

胴を取りにマルセイユまでTGVで出掛けた。アルルで途中下車、灼熱の太陽が照り付ける中、古代ローマ時代の遺跡である円形闘技場を三人で観光して戻った。沢山の想い出を残した公演旅行で、次号に載せたいと思う。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

神楽坂交響楽“談”アーカーブ

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