第十八回 パリの空の下、災難に遭遇す

三十年振りにパリヘ行ったのが一昨年の六月であった。十一月に催す公演の下見と打ち合わせを兼ねて、私と舞踊家の花柳貴比さんと弟子の伊勢笑の三人で出掛けたのである。

パリ市街は東京と違って新しい高層ビルが建てられないのか、条例で変えられないのか変えないのか、三十年以前と余り変わっていないように感じた。

会場予定のエッフェル塔近くのパリ日本文化会館へ行き、照明音響等の舞台機構の確認、演目の相談の為に来た。

公演なしの下見の気楽な旅とのんきにやって来たが、それがいやはやとんだ目に合った。まず空港へ着いた初日から大変苦労したのである。荷物を取ってバスで市内に行こうと玄関口に出た。そこにはバスもタクシーもない。一体どうしたのだろうと聞いてみると、「今日はタクシーもバスもストライキで走ってない」との事であった。

日本では先ず考えられないことだと思うがサア困ったぞ、どういう手段で市内のホテルへ行けばいいのか聞いてみると電車を乗り継いで行きなさいと教えられた。大きなスーツケースを持っての移動で、汗だくで電車から地下鉄に乗り換えホテルへ向かう。エスカレーターもストップしているし、乗り換えも不案内で、困難この上無し。漸くホテルに着いた時にはへとへとでぐったり。下見とはいえ三名の個人的な旅行であり、付き人はおらず苦難のアクシデントから始まりであったが、然し同行の女性二人の力持ちに大いに助けられた。 

      

六月のヨーロッパは好季節である。花のパリも浮いた気分で数日間、雨にも相変わらず振られずにそれなりの滞在であった。

然しまた災難にあった。プランタンで買い物した日曜日の午後、街頭の骨董市をブラブラひやかして歩いた。天気も良く、さして購買意欲の起こらない〈のみの市〉を見て、途中カフェテリアで美味しくない食事をしてからオペラ座へ向かう大通りを歩いていた。

すると前から来たマダムに「ファスナーが開いているわよ」と連れの花柳さんのリュックを指差した(もちろんフランス語で)。咄嗟にやられたと思いリュックを見た。ああ!盗られた。財布がない。中身は500ユーロとカード3枚。慌てたがもう遅い。腹立たしいがもう仕方なし。現金よりカードが心配である。何枚かのカードが入っていた。なかなかカード会社と連絡が取れない。緊急を要する非常時にすぐ連絡を取れて対応出来るようにするのが会社の一大役目であろう。全く頼りなく手遅れになるぞと腹が立つやら焦ったりした。海外旅行者よ掏りとカード会社に氣をつけよう。急遽日本大使館の友人に電話してカード会社に無効の手続きをお願いしてまず事なきを得た。今考えると前からきて教えてくれた美人マダムは何者だったのだろうか…、「グルだな!」と思ったが「遅かれし由良の助」だ。

盗られる方も悪いが盗る奴はもっと悪い。人事だが悔しい!生き馬の目を抜くパリだから気を付けましょうぜ……との教訓を胸に納めた次第であった。然し私は海外四十カ国以上回っているが、掏られた事は一度もないのだが……。

本番を前に良い体験をした。この後パリからボルドーへ行き、会場の下見と期待のボルドーワインを飲んで帰国したが、何かすっきりしなかった。本公演は次回。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

神楽坂交響楽“談”アーカーブ

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