第十二話 スペイン語新内

ブラジル国内を5か所のうち、初っ端のブラジリア以外は、この調子でポルトガル語を交えて公演した。

ラテン系の人は明るく陽気で感情表現が素直であるから楽しい。こちらサイドも浮き浮きと乗って演奏し甲斐がある。リオでは山の上のキリスト像のある場所まで登った。お弟子の制止を振り切ってヘリコプターに乗り、遊覧飛行で眼下にコパカバーナの海岸を見て楽しんだ。

また休みの日を利用してイグアスの滝へも出かけた。

ブラジルの5都市を大成功を納めて次の国のウルグアイへと入る。余り日本とは馴染みの薄い国であろうと思う。

南米の中では経済も政治も安定している国で、面積は熊本県程の大きさである。首都のモンテビデオと地方の街の2か所公演であった。ウルグアイの初めの劇場へ入ってから気が付いた。この国はポルトガル語ではないスペイン語だと。南米でポルトガル語はブラジルだけである。また慌てて通訳さんをすぐ呼んだ。ブラジル同様にセリフの箇所を順次翻訳して貰いそして発音と発声のレッスンを受ける。本番前なので集中して勉強をしたが、ポルトガル語とスペイン語は似ているので大変に覚え易く楽である。

いざ本番となるとやはり観客に大受けしたのであった。

終演後にレセプションがあり顔を出した。その途端に大拍手で迎えられて一寸驚く。当国の大統領夫人の美人お姉様が笑顔で迎えてくれてハグされたのである。

「とても素晴らしかった。特にスペイン語が上手で、内容がしっかり伝わりました。大変に面白い楽しい芝居で、笑えました」というような事を言われたのであった。

近くに居た日本の商社マンらしき男性にも「スペイン語が上手ですね、スペイン語をさぞ勉強したのでしょうね」と褒められて、何と答えようかなと一瞬迷ったが「ええ、実は開演3時間前に通訳さんから教わったんです」と本当の事を打ち明けた。「本当ですか…?」と驚いた様子であったが、案外お世辞でもないだろうと思う程喜ばれた。

その後はチリへ行き、首都サンチアゴと他一か所を廻って公演し、やはり大成功を納めて帰国する。

それから数年後の平成二十年に再び南米公演の仕事がきたのであった。ペルー、エクアドル、コロンビアの3国であり、この時も車人形と一緒であった。

いずれの国も貧困層が多く、治安も極めて悪い地域である。日本から長い時間をかけてペルーに入った。国の仕事であるから必ず日本大使館へ行く。平成8年に起きたテロによる日本大使館公邸襲撃、4か月間の占拠事件は記憶に生々しく残っている。その公邸へ招かれた。勿論きれいに建て替えられているが、公邸の入口は二重の門扉でガードされている物々しさで、まるで刑務所に入って行く感じであった。門兵は鉄砲を担いで厳しい顔つきで立っているが、大使は優しい笑顔で迎えて下さってホッとした、がレセプションの時も何となく落ち着かない感じがしたのは私だけではなかった。明日からの公演で危険な街中は大丈夫だろうかと案じつつホテルへ入る。市内は交通渋滞も激しいが、車道のレーンのいい加減さに驚く。市営か私営だか判らないバスの無謀運転には呆れた。これでは交通事故が頻発するであろうと思う。アルパカのセーターが安いので沢山買い込んで、弟子にまた叱られた。そしてエクアドルへ。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

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