第十一話 ポルトガル語新内

さてその方法は如何にして取り組んだか。

前号をお読みでない方に、幾分説明をしよう

ブラジル公演の初日に「新内・車人形」の上演が、観客に理解されずに散々の目に会い、大使館から苦情が出たのであった。さあこの以後どうしようと言う事になった次第。

その為に上演演目の内容も少し精査熟考し、修正したり詰めたりし、又解説文もわかり易く舞台上で説明させた。然しこれだけではどうも物足りないような気がした。そこでまた考えた末に良い方法を思いついたのである。

新内のセリフの箇所を現地語で語ることにした。当所はブラジルであるからポルトガル語。私はポルトガル語はカステラとてんぷら以外は全く知らない。然しこの演奏方法に果敢に挑戦することに決めたのである。

そこで通訳さんをすぐに呼んで、事の次第を打ち明けた。

「えッ本当ですか、少しはポルトガル語の知識があるの?」

「いや全然…」と私が答えると、呆れたのか「大丈夫? 無茶ですよ」と驚いた様子であったが、私が真剣に説得し真面目に取り組む決意姿勢に納得してくれた。

時間がないから直ぐに始めましょうという事で勉強開始。始めに出てくるセリフが「アアくたびれた、くたびれた…は?」「カンサード」、では「ごめん、ご免…は?」「ペルドン ペルドン」という具合に次から次へ教わり、それをカタカナで床本(見台に乗せて読む本・台本)に書き込む。

「馬の糞は?」

「ココデカバアロ」(間違っているかも)

「臭いは?」「タフェジード」三〇数分の演目の中に五〇か所ほどポルトガル語に訳した。

ポルトガル語はカタカナに書いて読むとそれなりに通じるというかセリフになってしまう。英語よりもずっと話し易い言語であると感じた。

然し開演まで三時間程しかないのでそりゃもう夢中になってお稽古する。新内のリハーサルどころではなかった。

云い易いとは申せ、なにしろ初めてのポルトガル語をその国の観客の前で語るのであるから緊張し汗を掻き、カタカナと格闘して舞台を勤めた。だが大変なのは私だけではない。車人形の使い手さん達も大変であった。

人形芝居は語りや音楽に乗って動くものであるから、新内芝居の車人形は新内が筋立てして成り立つ。「弥次喜多」はセリフが多い芝居である為に、私のセリフに合わせる。そのセリフがポルトガル語になったので、人形の使い手の方々も戸惑ってしまった。その上アドリブ的な要素が強くなり、皆さんが四苦八苦で苦労させてしまった。

然しながら初めの「カンサード、ムイントカンサード」とやった処、それだけで大爆笑が起こり、次々と出てくるセリフに爆笑の連続で、もともと「弥次喜多」は喜劇であるから、もう大変な受けようであった。さすが陽気なブラジル人で、笑い声で三味線の音が聞こえなくなるほどののりであった。

初日とは大違いでお客さんも喜んだが、我々はもっと嬉しかった。この後、リオやサンパウロなど3都市とも同じような反響で、どの会場でもカーテンコールが4、5回は続いて起きた。大使館の方々も大満足で「このやり方なら全世界を廻れますよ」と言われた。実際にこの以後その方法で世界各地を回ったのだが…。苦労もまた楽しからずや。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。