第二十六話 邦楽界初の「天覧演奏会」後記1 

それは一言の「言葉の種」から芽が出て実がなった。

平成十七年九月十日紀尾井小ホール「鶴賀若狭掾リサイタル」に天皇・皇后両陛下がお出ましになった。邦楽界では初の歴史に残る個人の天覧演奏会が催行された。

平成十三年に重要無形文化財保持者に認定され認定式の後に皇居に招かれた。七月の猛暑の日であった。陛下よりお言葉を仰ぎその後お茶会が催された。その席の配置が私にとって幸運であったと思う。

両陛下とのお話の中に新内の説明や新内界の現状実情を申し上げた。最後に私の隣の皇后様に「是非一度新内をお聞き願いたいです」と申し上げたところ「新内を聞いてみたいものです」と仰って席を立たれた。言葉の種を蒔いた。私は嬉しかった。そのお言葉を忘れない、絶対忘れない、いつか必ず実現出来ると希望が心に湧いた。

私の友人が当時学習院の同窓会(桜友会)の事務局長をしていた。両陛下とも親しい間柄でよくお会いになさる方である。その後彼に会う度に「皇后陛下様にお会いになったら僕のこと、新内のことを申し上げて下さい。必ず覚えていらっしゃるから是非とも新内をお聞き願いたい旨を申し上げて」と切望した。それから数ヶ月過ぎてから嬉しい報せをいただく。

「新内を聞いてみましょう」と皇后様が仰った。天皇陛下が「侍従に話すように」との御言葉を賜ったとの事。直ぐには信じられない。

「来年の私のリサイタルのスケジュールを知らせよ」との内密な連絡をその後いただき、ああこれは本当に実現するのかなと現実味をおびてきた。

六月の中旬頃宮内庁の渡辺侍従長様から色々尋ねたいことがあるから来なさいとお呼びがかかった。資料を揃え仮チラシと共に持参して初めて坂下門から宮内庁の建物の中へ入った。品の良い端整な侍従長とのお話に良い感触を得て下界に戻った。

七月一日は忘れられない日となった。その日、宮内庁から連絡があり「九月十日のあなたのリサイタルに天皇・皇后両陛下が公式にお出ましになります」と連絡が入った。

「エエ本当…? ありがとうございます」と緊張気味にまずお礼の挨拶。でも本当にお出ましあそばすのかしら…狐につままれているのかな…等とまだ半信半疑。その当日が来るまではずっと心配し続けることになった。

さあそれからが大変煩雑な仕事と綿密な打ち合わせが待ち受けていた。特に最重要課題は警備の問題。宮内庁との電話とメールのやりとり。紀尾井ホールでのチェック。一般来場者の住所氏名職業の確認と、来場者への発送の中に当日の注意書き(荷物は小さいのを一つ・男子はネクタイ着用・代理人は不可等々)同封。座席の配置配分。そして演奏会でのやるべき業務・リハーサル等々沢山の仕事の山。注意深く詳細に行う。

平成十七年九月十日(土)歴史的な日となる

天候 晴れ 残暑あり 体調良し 世間も平穏

分刻みのスケジュールで私達主催者側も忙しく気配りは真剣であった。

この度の新内上演演目は当初から迷わずこの二曲に決めていた。「蘭蝶」は新内の代表曲で、最も新内の雰囲気漂う艶のある名曲であるから外せない。「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」は軟派と思われがちな新内の中にあって浄瑠璃性の価値高い名曲として選曲。端物と段物の両方を是が非でも両陛下にお聞き戴きたいと強く願っていた。一時間の中に二段は無理とは思ったが二曲を短縮する事で侍従長様の御了解を得ることが出来た。二曲の鮮明な対比は面白く飽きさせないと確信を持っていた。そして……。(つづく)

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

神楽坂交響楽“談”アーカーブ

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