第二十五話 クラクフ公演 慈善真心に感動 

日本とポーランドの関係は歴史的に深い強い絆があり、親日、知日国として知られる。それ故に日本の文化芸術に憧れを持ちそしてよく学んで理解する国民のようである。ポーランド人と日本人は気質や感性が似ているともいわれる。当地を初訪問したときから私はそう感じ、親しみを強く覚えた。また今回の演目の選定も良かったのか、公演は字幕を出さなくとも、観客(九九%ポーランド人)の皆さんが、曲の内容を正確に理解してくれたようで、終演後のレセプションでそれを実感した。

世界的な映画監督で、昨年九〇歳で亡くなった故ワイダ氏は、大変な親日家でこの公演を大変楽しみにしていらしたが、ワルシャワ公演の中止を残念がっていた様子と聞く。クラクフへはワイダ監督の代りに奥様がお越しになり、感動され賞賛を受けて私達が感動した。

会場のマンガ館には、館長達の発案で日本の大災害支援のための募金箱が設置され、そして集まった義援金が日本円で約三〇万円以上であった。入場者の殆どが学生や若者達で、その乏しいお財布から頂いた尊い義援金であった。何と温かい優しいお心の持ち主の若人かと、胸が熱くなる。

アンコール曲を演奏後、観客に日本国を代表して御礼の言葉を述べた。そして必ずこの貴重な支援金を被災地なり、支援機関にお届けすることをお約束し、お預かりしてきたのであった。そして日本が復興した目途が付いたなら、またクラクフへ再び戻ってお礼の公演をすることを約束してきた。大きな拍手をいただき、必ず来よう…と心に誓った。

また前夜、アメリカ領事館から私達一行がレセプションに招待された。領事夫人が日本人で是非我々を招いて食事をしたいとの申し出を受け、全員で出席した。この席は本来、我々一行八名だけが招かれる会であったのだが、日本の大災害を知ってクラクフ市の著名な方が五十名以上集まった。アメリカ領事が日本の災害の実情を話されて「日本の復興支援をしましょう」と呼びかけていた。そしてご来訪者に募金をお願いしていた。

お礼を込めて新内を語り日舞を披露し尺八を演奏し、私がお礼の挨拶を述べた。世界中が支援を申し出ているが、ポーランドでも国民の多くが、この度の日本の災難に心配と同情を寄せていることが強く感じられた。

そのクラクフ市内で忘れ得ぬ感動した出来事があった。

リハーサルを済ませて会場からホテルへタクシーで戻り、乗車料金を支払おうとした。すると四〇代位の運転手さんが私達にむかって

「日本が大災害を受けたので、私の心ばかりの支援ですので、タクシー代は結構です。復興に頑張って下さい」と云われたのである。

一瞬私は言葉を失った。同乗の仲間の女性は泣いた。これは真の慈善の心、誠の愛です。中々に出来る行動ではない。果たして自分がこのような立場に遭遇し、こういう心を使えたか。ドネイト精神を発揮出来たか。豊かでない生活と思われる運転手さんのご厚意に、何か自分が気恥ずかしく思った。丁寧にお礼を申し上げて降車した。そして私の人生観が少し変わった。

心に残る美談であったので帰国後多くの人々にこの話を披露したところ、全員が感動し、新聞にも掲載された。マンガ館よりお預かりしてきた貴重な義援金は、帰国後に東京新聞社の編集局長にお渡し、被災地へ送られた。その旨日本大使館及びクラクフのマンガ館へ報告した。 

そして翌年、再びポーランドを訪問してお礼の演奏公演をして来た。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。

神楽坂交響楽“談”アーカーブ

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