第十三回 エクアドル新内紀行

エクアドル共和国と云えばガラパゴス諸島であり、イグアナの生息地として名高い。同国最大の都市のグアヤキルへ空路入国した。この海辺の町はガラパゴスへ行く船の発着所。我々のホテルの前がイグアナ公園で、イグアナが放し飼いになっている。イグアナは爬虫類特有の恐ろしい顔つきだが、余り動かないおとなしい性格なので、背中をなでたりしてもじっとしている。同行の女性達は「可愛い!」と言って触っていたが、どこが可愛いのかな?と不思議。

日本と関係の深いと思われる実業家に郷土料理をご馳走になったが、何を食べたか覚えていないから、余り美味しくなかったのかも知れない。当地で一回公演を行った。

喧噪の中をバスで劇場へ。少し街から離れた寂しい所で小雨もパラつき観客は来るのかと案じたが、此処も満員であった。日本の芸能が珍しいのと、日系人も多い事もあって「弥次喜多」は大笑いの連続であった。日本でも外人さんを呼んで英語やスペイン語で公演すべきと感じた。

その港町から一気に標高約2900米の首都キト市まで飛行機で上がる。機内の放送で高山病に気を付けるようにとの注意があった。滞在中は食べ過ぎない、飲み過ぎない、激しく動き過ぎないようにと注意されて、大方の人は守っての滞在であった。高地に慣れる為に、そこから更に高い4000米の場所までケーブルカーで登った。そこでは流石に頭がクラクラしてすぐに下った。その後は3000米は全く平気であった。その為か私のホテルのルームと、公演する舞台の袖には私の為に酸素ボンベが用意してあり有り難かったが、お陰様で一度も使用せずに済んだ。

またこの町も治安が悪く、テロも多いとの事で私が外出する時は、大使館の公用車とピストルを携帯したSPがガードしてくれて、いつも同行して警護してくれた。

在エクアドル日本全権大使の前川閣下は、大学生の頃に神楽坂6丁目の和菓子の船橋家(現在廃業)に下宿していたそうで、私は家が近くで野寺さんを良く存じ上げていると申したら大層喜んで、話が弾んだのであった。

当地の会場は旧市街地のかなり大きく立派な劇場であった。開演前から劇場前は長蛇の列であり、大入り満員の盛況。此処でもスペイン語弥次喜多は大受けで嬉しかった。

此処の劇場では、セリフの8割はスペイン語で語った。

終演後の楽屋で質問攻めに会うのは何処も同じだ。

そして最後の訪問国のコロンビアの首都ボコタへ向かった。麻薬と美人の多い国として名高い国である。

在コロンビア全権大使の寺澤閣下は、私の親友の元上司であり、その彼が私が行く事を事前に連絡してくれたので歓待を受けて、一日休養日がありゴルフに出掛けた。車は防弾仕立てである。ゴルフ場も完全防備の態勢で物々しい。大使から「自分の在任中にまた来いよ」と誘われたが、30時間以上掛かるのでは無理だ。

音楽は世界共通であるというが、果たしてそれはどうかな。

殊に新内は浄瑠璃でコトバと詞章の芸で音楽といっても少し違う。物語の内容を理解させる事が重要である。今回は3ヶ国とも現地語で語ったので成功した公演であった。

3ヶ国とも貧困層多く、物乞いも多いとこだが、皆陽気で人生を楽しんでいるなあと感じた。人間の幸せの価値観を考えさせられた南米公演であった。次回から欧州編。

つるが・わかさのじょう

昭和13年神楽坂生まれ。平成12年新内の始祖である鶴賀若狭掾の名を襲名。新内協会理事長。翌13年重要無形文化財保持者(人間国宝)。世界40カ国60都市を訪問。新宿区名誉区民。