第六回 神楽坂のパブリックライフ

パブリックライフとは、パブリックスペースにおいてさまざまなアクティビティを楽しむことです。そのスペースは道路、公園、広場など行政が管理する公共空間、およびそれに隣接した民間敷地のセットバックスペースや路地など、人々が無料で立ち入り利用できる空間をさします。そこでのアクティビティには、歩きおよび車や自転車による「移動型」、座る、会話をする、飲食をする、待ち合わせるなどの「滞在型」、さらにイベントや集会などの「社会型」があります。滞在型や社会型の多様なアクティビティがあることが、豊かなパブリックライフにつながります。

魅力ある都市には豊かなパブリックライフがあります。自分のペースでまち歩きを楽しめる、オープンカフェでさくっと仕事をする、店先の商品をめぐって店員とお客が話しているのを見て店の感じをつかめる、ばったり知り合いに遭遇ししばらく立ち話をしてしまった、折々にパフォーマンスやイベントがある。どれも楽しいパブリックライフです。公共空間と建物の間にパブリックとプライベートが交じり合ったゾーンがあり、そこでのアクティビティがまちを豊かにしています。

これはまさに神楽坂のことだと思われませんか?神楽坂には実に個性的なパブリックライフがあります。それは住民や商業者、NPO関係者らの誇り、楽しみであり、その人たちによって支えられています。神楽坂には多くの来訪者があり、それはお店の魅力によるものではありますが、パブリックライフを楽しみに来る人も多いのではないでしょうか。

そのことは、もし神楽坂にパブリックライフが全くなかったらどうかと想像するとわかります。道は通行という「機能」に特化し移動するだけ、道と店はパブリックとプライベートとして完全に遮断され、相互の交流や滲み出しが全くない状況です。考えただけで気持ちが殺伐としてきます。そして実際にそのような都市空間が多いことに、私たちは改めて驚かされます。しばしば、超高層ビル街区や高層マンションの足元には広い空間がありますが、ほとんど使われていません。そこでは建物の中と外は完全に分離され、もはや人々はその空間に何も期待せず、足早に通り過ぎるだけです。街の伝統よりも効率や機能分化を重視した近代都市計画は、人間が本来快適と感じる空間、時間のスケール感に対する配慮が全く不足しています。神楽坂で自動車通行のために道路を拡げたり、路地を拡げてそこに異質な建物をつくることは、パブリックライフを大きく損ねる危険性が大です。

神楽坂を観察するヤン・ゲールさん(中央)と、共著者のビアギッテ・スヴァアさん(左)。

パブリックライフを充実させることを、近年多くの都市プランナーたちが主張しています。なかでもデンマークのヤン・ゲールはこの分野に40年以上も取り組んでいるパイオニアです。彼は人間に高い関心を寄せ、パブリックライフをつぶさに観察し記録することによって、パブリックスペースにどのような課題があり、どのようにデザインすればそれを解決できるのか、そしてデザイン改修後の効果はどうであったかを客観的に示しました。コペンハーゲン中心街のストロイエ通りはかつて車で占拠され、さらに北欧の気候ではオープンカフェは必ず失敗すると評されましたが、長年の取り組みによって段階的に歩行者中心の道に改修され、今では多くのパブリックライフにあふれています。私は2年ほど前、ゲールさん一行を神楽坂にご案内しましたが、ヒューマンスケールなまちとアクティビティを大いに気にいられたようでした。昨年、ヤン・ゲールの著書を私たち4人で翻訳した「パブリックライフ学入門(原題 How to Study Public Life)」が出版されました。彼らが培ったまちの観察手法や、豊かなまちに変える取り組み事例などが豊富に掲載されています。楽しんでお読みいただけると思います。

『パブリックライフ学入門』(鹿嶋出版会)