第1回(プロローグ) 時代の「今」を見つめて「誰か」のために筆をとり続けた人

「空の麗しき、地の美しさ、万象の妙なる中に、あまりにいみじき人間美は永遠を誓えぬだけに脆き命に激しき情熱の塊をこめて、たとえしもない刹那の美を感じさせる」

明治美人伝の冒頭に綴られたこの二行に触れたとき、本人がお書きになったこの言葉以上に時雨さんの「美」と「生き様」を射抜く言葉をおそらく見出せないだろうと思い、この二行を「時雨美人伝」の冒頭に据えることとした。

「明治美人伝」は四半世紀に渡り時雨さんが書き続けてきた女性評伝の、ある時期のタイトルである。通じて「美人伝」という愛称で呼ばれる。

長谷川時雨。明治に一葉あり、昭和に時雨ありと後の文学史は銘記しませう、という弔辞で弔われた大家を、わたしの世代は、ほとんどの人が知らない。

わたしは皮肉な気分でこう説明する。「林芙美子を世に出した人だよ」(なぜ皮肉な気分なのかというのはこの連載でおいおい語ってゆきたい)

今の世代だとそれすらピンと来ない人もいるので、仕方なく森光子を引き合いに出す。「森光子の放浪記」というとみんな「ああ、あのでんぐり返りの!」とピンとくる。(我が世代では“放浪記"は森光子に紐付いているらしい)

そこでこう言う。「あの“でんぐり返り"は、林芙美子の書いた小説が初めて文芸誌に載る知らせが来た時の喜びのでんぐり返りで、その文芸誌を刊行していたのが時雨さんなの」ここでなんとなくみんな「へええ……」と言う。

その存在を知ったのは、執筆の資料として借りた「女たちの二〇世紀・一〇〇人」という本だった。一〇〇人の女性を写真付きで一冊にまとめてあるので文章はとても簡潔、なのにたった一人「長谷川時雨」その人が強く心に焼き付き、以降時間をかけて時雨さんのことを深掘りし、その背中を追いかけてこの神楽坂に引っ越してきた。

そこまで衝動を与えたはずの記事なのに今読み直してみると、実は大したことは書かれていない。なのになぜそんなに惹かれたのだろう。もう一度見てみると、本には女性一人ひとりを表すコピーのような表題が各々ついていた。思い出した。わたしをハッとさせたこの一言を。

「女が女の味方をしないでどうしますか」

女だからわかる。この言葉は凄い。だって女が女の味方をするのは覚悟がいるもの。本当に簡単なことじゃない。けれども「美人伝」が「女の肩を持ちすぎる」との批評を受けた時、時雨さんはきっぱりとこう言い放った。

長谷川時雨その人の魅力を語る時、遺した功績も大きいことから、時雨さんを知る人は「あまりにも評価されなさすぎている」や「なぜこんなにも長らく忘れられているのか」を不思議に、そしてひどくひどく遺憾に思う。彼女の魅力と、なぜ忘れられたのかは、彼女に魅了された人間にとっては対になるものなのだけど、大きな疑問は少し先送りにして彼女の魅力のことを考えてみたい。

彼女の魅力は、何よりも冒頭に書かれた「人間美」に尽きるのではないかと自分は思っている。こう書くと作品を過小評価しているのではと思う人や、それ以前に長谷川時雨をよく知らない、という人もいると思うので、マイケルジャクソンや清志郎に喩えてみる。素晴らしい楽曲や記録とか、例えばどれだけ一世を風靡したかとか、そういうのがあって、たくさんの名曲の中、たった一曲だけを取り出したって彼らは一生忘れられてはならぬ人である。でも今も彼らと共に生きている熱狂的なファンたちは、彼らの魅力を「そういうことじゃない」と言うと思う。

女性で初めて歌舞伎の戯曲を書いた人。二十九の頃には誰もが知ってる有名人だったが年下の恋人(三上於菟吉)に惚れ、自分は一歩引き、美人伝の執筆をしながら彼を超売れっ子作家に押し上げ生涯尽くした。後年「女人芸術」という雑誌を刊行したくさんの女性作家を世に出した人。こういった功績と作品名の羅列だと指の隙間からこぼれてしまう「そういうことじゃない」部分。

世に出てからの彼女にとっての執筆は、作品そのものが終着駅ではなく、常に、生きにくい誰かがその高い敷居をまたいで世界へ羽ばたいていけるための足かがりを、ちょん、と置くための手段だったように自分は感じている。彼女はいつもその時代の「刹那」を見つめ、自己のためではなく「誰か」の為に筆をとった。そうして生まれた数々の作品は、それ自体が強いひかりを放ち今もなお輝いているのだが、わたしは、白い原稿用紙に置かれた彼女の筆先、その接地点、注いだ瞳が白い紙を押し破り、その先にどんな景色を凛と見据えていたのかを、この連載を通じ見つめていきたい。

「美は一切の道徳規矩を超越して、ひとり誇らかに生きる力を許されている。古来美女達のその実際生活が当時の人々からいかに罪され、蔑まれ、下しめられたとしても、その事実は、すこしも彼女達の個性的価値を抹殺することは出来なかった」

冒頭の美人伝はこう続いていた。姦通罪などという法律があり女が恋に生きたなら駆け落ちか心中か牢獄か折檻か、ひどい埋葬が待っていた時代である。明らかにその筆先は彼女の目線より手前にあって、その目は一歩だけ先の「今」を見ている。

(続く)次回は時雨さんが「一生愛し抜いた」男について。

なかじま・もかこ
日本の小説家。1979年滋賀県生まれ。第四回新潮エンターテイメント大賞を受賞し(選考・江國香織氏)2009年処女作「蝶番」にて文壇デビュー。