第六回 宮城道雄 その生涯と作品

五回にわたって宮城道雄について書いてまいりましたが、いよいよ最終回となりました。これまでは、主に作曲家および随筆家としての顔を述べましたが、それは宮城道雄のほんの一部を垣間見たにすぎません。彼は、楽器開発者、演奏家、教育者としても活動し、その業績は多岐にわたります。

宮城の生きた時代は、ちょうど西洋文化との邂逅によって日本の文化がもっともダイナミックに動いた時代でした。けれども、それは西洋音楽の台頭によって日本の伝統音楽が顧みられなくなり出した時代でもありました。こうした時代に、西洋音楽の要素を取り入れた音楽を作曲し、さらには、革新的な演奏によって古典曲を現代によみがえらせ、また、今や完全に日本の楽器として定着した十七絃のような新楽器を開発するなどの活動を精力的に行うことによって、日本人に日本音楽のすばらしさを再認識させ、今につながる音楽世界を作り出したのです。

韓国在住の頃の宮城道雄(宮城道雄記念館蔵)

生前の宮城は、誰もが知る盲目の天才として活躍し、その人気絶頂のさなか昭和三十一年(一九五六)六月二十五日に演奏旅行の途次、寝台急行「銀河」から謎の転落死を遂げました。幼くして母と生き別れ、十三歳で韓国にわたって一家の生計を支えた極貧時代など、その波乱に満ちた生涯は、没後すぐに村松梢風によって小説的伝記として読売新聞に連載されたほどでした。けれども、今は宮城を知らない世代がほとんどです。彼の作曲した《春の海》は、お正月になると必ず耳にするメロディーで、曲名を知らなくても、日本人なら聴けば誰もが知る音楽ですが、彼が八歳にして失明の宣告を受け、それゆえに箏・三味線の世界に入ったことを知る人もごくわずかとなりました。

赤坂離宮羽衣の間での御前演奏(宮城道雄記念館蔵)

そこで、本書を読めば宮城道雄のすべてがわかるという書をめざして執筆したのが、五月に刊行予定の『宮城道雄の人生と音楽(仮題)』です。宮城のさまざまな業績を網羅的に体系だって著したものは、これまでありませんでした。また、新たな資料の出現などによって伝記研究も進みました。そこで、最新の研究成果のもとに宮城の生涯と業績を明らかにしようと考えたのです。

本書では、人となりを伝えるエピソードを交えることによって、人物像をよりリアルに描き出し、さらには宮城の思い、そしてドラマティックな生涯を少しでも体感できるように努め、誰にでも読みやすいように構成しました。ご一読いただければ幸いです。(了)

ちば・ゆうこ

東京生まれ。宮城道雄記念館資料室室長。慶應義塾大学ほか講師。『日本音楽がわかる本』(音楽之友社)、『ドレミを選んだ日本人』(音楽之友社。第二三回ロゲンドルフ賞受賞)ほか著書論文多数。