第五回 素顔の宮城道雄 ―著作全集

今年も早いもので、あとわずか。そして、お正月になれば必ずどこからともなく聴こえてくるのが《春の海》です。これまで、作曲者である宮城道雄のさまざまな音楽的業績を述べてきましたが、その素顔は実に人間味にあふれていました。にぎやかなことが好きで、冗談が好きで、雷が大嫌いでした。こうした茶目っ気たっぷりの明るい素直な人柄は、彼自身が書いた随筆の中に見事に描き出されています。

宮城は親友の随筆家、内田百閒の勧めで、昭和十年に最初の随筆集『雨の念佛』を出版して以来、生前に六種の随筆集を出版しました。そこには大家らしい逸話も、大仰な芸談もありません。むしろ失敗談を明るく描いたり、まわりの人に対する感謝の気持ち、また、自然を愛でるものが多く、随所に彼一流のウィットに富んだ表現が見られます。たとえ悲しいこと、つらいことを語るときも激することなく実に淡々と著わし、それが、かえって読む者の胸に迫ります。そこには幼くして視覚を失った宮城の鋭い感性とユニークな視点による独自の世界が確立しているのです。

このように音楽家の単なる手すさびの域をはるかに超えた彼の随筆は、川端康成、佐藤春夫らによって、すでに高く評価されており、これまでにも文庫本、単行本などさまざまに編集され多くの読者を魅了してきました。そして、このたび生誕一二〇年を期して、その決定版ともいえる著作全集が大空社から刊行されることとなったのです。

宮城道雄著作全集 全5巻

さらに今回は、随筆ばかりでなく、昭和五年発行の単行本『箏曲』、また『三曲』や『音楽世界』などの音楽雑誌等に掲載された自らの音楽理念を叙述した著作も収録することにしました。

それは、日本の伝統音楽における和声の問題や世界の音楽に関するものなど、現在読んでも決して古くない普遍的な音楽論が展開されているからです。実は、こうしたタイムレスな論を展開する音楽家は非常に少なく、宮城の音楽作品を考察するためばかりでなく、今後の日本の音楽のあり方を展望する上でも示唆に富んだ内容に満ちているのです。

点字タイプライターを打つ宮城道雄(宮城道雄記念館蔵)

ところが、こうした音楽論は、これまでほとんど復刻されることがなかったばかりでなく収集・整理されることもなかったため、その全貌すらわからなかったのです。

そこで今回は、こうした宮城の音楽論、さらには未発表の点字原稿も活字化して完全な著作全集として初めて出版いたします。

(お問合せ先:大空社☎03・6454・3400)

ちば・ゆうこ

東京生まれ。宮城道雄記念館資料室室長。慶應義塾大学ほか講師。『日本音楽がわかる本』(音楽之友社)、『ドレミを選んだ日本人』(音楽之友社。第二三回ロゲンドルフ賞受賞)ほか著書論文多数。