第二回 現代邦楽の父・宮城道雄

宮城道雄は、日本の伝統的な音楽に西洋音楽の要素を取り入れることで邦楽の活性化をはかり、新しい邦楽世界を開拓した音楽家です。トレモロ奏法やハーモニックスなどの新しい箏の技法を生み出し、十七絃や大胡弓などの新楽器も開発しました。また、変奏曲やソナタ形式など西洋の音楽形式も取り入れ、さらには、オーケストラと箏の協奏曲などさまざまな成果を残しています。しかし、こうした個々の事例以上に重要なのが、作曲の方法、態度という根本的なところで日本の音楽界に変革をもたらしたことです。つまり、それは独創的な旋律による描写性に富んだ個性豊かな作品を生み出したということです。

たとえば、処女作《水の変態》では、水が霧、雲、雨、雪、霰、露、霜と千変万化する様子を表す和歌七首を歌詞としていますが、雨の歌の直前で、まさに驟雨を描写した器楽間奏部を作曲して、その後に、〽けふの雨に、はぎもをばなもうなだれて・・・」と雨上がりを歌っています。また、あの《春の海》のほのぼのとした個性的な旋律は、いかにも春ののどかな海を感じさせるものです。もちろんここでの描写性は擬音ではありません。なんとなくそんな感じがするという、あくまでも音楽的な表現です。

こうした個性を重視した作曲態度・姿勢というものは、日本の伝統的な作曲にはなかったセンスです。宮城は、作曲とは自分の個性をいかに表現するかであり、独創性の重要なことを語っていますが、この考え方自体が日本の伝統的な作曲態度とは違って、あえて言うならば、西洋近代音楽に通ずる作曲態度だったのです。
そのほかにも、全パートをひとりで作曲する、つまり、《春の海》でいえば、箏と尺八の両方をひとりで作曲するということも宮城に始まります。だいたい、箏と尺八という編成自体、宮城以前にはありませんでした。さらには、宮城が属する三味線、箏、尺八、胡弓といった三曲界の楽器ばかりでなく、小鼓、鞨鼓、笙、さらにはフルートといった具合に、洋の東西を問わず楽器を自由に使って、大編成の合奏曲や合唱合奏曲を作曲するのも宮城に始まります。

元来、日本の伝統的な音楽では雅楽、長唄、能など、それぞれのジャンルによって使う楽器が違っていました。笙や鞨鼓は雅楽でしか使いませんし、三味線は能では使いません。けれども、宮城はこうした垣根を取り払って、さまざまな楽器を自由に使うことによって、これまでの日本の音楽にはなかった新しい編成による新しい音楽を創り出したのです。

《日蓮》「宮城道雄音楽生活50周年記念演奏会」昭和29年5月28日(日比谷公会堂)」 写真:宮城道雄記念館蔵

今、当たり前のこととして行われていることの大半が、宮城に端を発していて、その後世への影響は計り知れません。それゆえに、吉川英史元宮城道雄記念館館長の「現代邦楽の父」という尊称は、まさに的を射たものだったのです。
なお、七月二十七日に箏曲宮城会による記念の演奏会がNHKホールで行われ、さまざまな宮城曲が演奏されますが、終曲として演奏される《日蓮》は、邦楽器による日本で最初のカンタータです。(お問合せ先 ☎03・3260・0308)

ちば・ゆうこ

東京生まれ。宮城道雄記念館資料室室長。慶應義塾大学ほか講師。『日本音楽がわかる本』(音楽之友社)、『ドレミを選んだ日本人』(音楽之友社。第二三回ロゲンドルフ賞受賞)ほか著書論文多数。