第一回  神楽坂の魅力を支えるものとは?

ご存じだろうか、神楽坂のまちづくりは、今や、日本のみならず、欧米やアジアなど海外の人たちにも興味津々の成功事例として取り上げられるようになっている。

これから6回にわたり、まちづくりNPOからみた、神楽坂界隈の最近の動向について、いくつかの重要なまちづくりキーワードを取り上げながらこのまちの重要な特徴を考えていきたい。今回のキーワードは、「社会関係資本」。神楽坂の賑わいの背景をこの用語から読み取ってみよう。

最近の神楽坂は、連日、多くの来街者で賑わっている。まちを歩く人たちの年代も、目的もさまざまだが、共通しているのは、どの人も何となく、優しげで楽しげであること。神楽坂が多くの人達の都会のオアシスとなっていることは、まちで生まれ育ち、まちづくりに関わっている者にとっては、大変うれしいことだ。しかし、現在の賑わいがここ数年の現象であり、わずか10年ほど前には、土日でも、閑散とした都心の小さな繁華街にすぎなかったことを知っている人たちは少ないだろう。戦前の一世を風靡したまちの戦後は、結構辛かったのである。ではどうして今のようなリバイバルブームをつくりあげられたのか?

まちづくりは、建物や道路整備をいくら頑張ったところで、うまくいかない。「まちづくりは、ひとづくり」といわれるように、良き担い手である〝情熱あるまちづくりびと〟たちがいなければ、進んではいかない。まちを良く愛する人が多ければまちは良くなる。まちの良さ、良き人々の営みの積み重ねが、素敵なまちとして姿を現すのである。

今回取り上げる社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の意味するところは、人間社会の重要な部分は、人間関係の良し悪しで決まるということ。何かをなすためには、それを支える人々の輪やつながりがカギとなるという意味である。社会関係資本がまちの中にどれほどあるのか、計量することは容易ではない。しかし、現象としてとらえていくことは可能だ。

例えば、「日々、まちなかに挨拶の声があふれている」「路上や店先、店の中での立ち話や、井戸端会議がよく見かけられる」「いろいろな団体が、まちの活動に参加している」「いろいろな団体名でいろいろな活動が盛んに行われている」「冠婚葬祭の手伝いにまちの人達が多く参加している」など。要は、一部の人や団体の間だけでなく、いろいろな人たちの間で自由闊達なコミュニケーションがまちにあふれているか、ということである。

さて、昭和の神楽坂を支えてきたのは、住人、町会、商店会、花柳界、事業組合などであった。現在の神楽坂は、これに加えて、実に多彩な関係者が参画できるように生まれ変わっている。新たに加わった代表的な団体や活動名を列記してみよう。神楽坂まちづくり興隆会、神楽坂まちづくりの会、まち飛びフェスタ実行委員会、そして、私たちNPO法人粋なまちづくり倶楽部など。80にも及ぶ「まち飛びフェスタ」のプログラムに記載されている団体名をみると、実に様々な団体が、神楽坂に関わっていることがよくわかる。個人ベースでも、例えば神楽坂大好きのボランティアを含むNPO法人粋なまちづくり倶楽部のメンバーは300人になろうとしている。

このように、まちが静かだったころと比べると、その差は歴然。すなわち、現在の神楽坂のまちの賑わいは、まさに社会関係資本が以前にも増して、大幅に増大していることに関係しているといえる。まちづくりは、ひとづくり。さらにその育った人同士の良好な関係づくりにこそまちの賑わいの本当の源泉がある。

やました・かおる

1952年神楽坂生まれ。建築家。NPO法人粋なまちづくり倶楽部理事長。新宿NPOネットワーク協議会会長。目白大学講師。生まれ育った神楽坂のまちづくりから、日々新しい都市やまちのあり方について学ぶとともに、その成果をまちに還元する活動を実践中。