第六回 神楽坂の水景

神楽坂といえば坂や路地というイメージが強く、水景といってもピンとこない方もあるでしょうが、神楽坂の景観や歴史・文化の基盤として、外濠の存在を忘れてはなりません。

濃い緑に縁どられ、広い空が見渡せる外濠の水景は、私たちの気持ちを晴れ晴れとさせ、落ち着かせてくれます。春には多くの人々が花見に堀端をそぞろあるき、水際のカフェレストランは年間通して賑わっています。都心において、外濠のような連続した水辺空間は大変貴重です。この開放的な水景が、神楽坂の商店街や路地界隈のすぐ近くに広がっています。

歴史を振り返ってみると、神楽坂は江戸城に登城するみち、将軍の御成道として造られ、外濠と神楽坂の交点に牛込見附が置かれました。神楽坂はそもそも外濠に直結するみち、外濠に出るみちでした。高層建築がなかった時代は、坂上から外濠の緑や石垣が見えたかもしれません。江戸時代初期に外濠が出来、神楽河岸と揚場が造られたことは、その後の神楽坂発展に欠かせない基盤となりました。飯田橋駅周辺の外濠=飯田濠は、昭和50年代の再開発事業に伴って暗渠化されましたが、その際地域の環境を守るため、濠埋立に反対し立ち上がった当時の商店会有志の方々を中心とする活動は、地域固有の価値を見直す契機となり、その後のまちづくり活動に展開していきます。外濠の環境保全は、神楽坂まちづくりの原点ともいえるでしょう。

神楽坂では低地から台地に向かって、水辺の外濠・外堀通り~坂を上がる神楽坂通り~台地に広がる横丁~奥に入り込む路地、という連続した場が構成されました。江戸時代に生まれたこの空間構成の秩序は、今日でも明確に保たれています。神楽坂の道は迷路のようだと言われますが、地形に則したこの基本的なみちのつながりを理解すれば、まちの構造が把握できます。神楽坂は一見わかりにくいが、実は地形を巧みに活かしたわかりやすいまちであり、その基底にあるのが外濠です。

近年水辺空間として、また歴史文化資産として、外濠が改めて評価されつつあります。神楽坂の玄関口であるJR飯田橋駅西口は、まず外濠の空間に出ます。開放感は感じられますが、水面はよほど注意しない限り目に入ってきません。牛込見附の石垣に気づく人はまずいないでしょう。千代田区側の堀端周辺には、超高層建築が続々と建設されています。神楽坂方面に目を転じると、大型で派手な看板やディスプレイが視界に飛び込んで来、その奥に神楽坂の情趣ある路地界隈が佇んでいるとは、とても想像できません。JR飯田橋駅の改造が検討されていますが、神楽坂の玄関口としてふさわしく、外濠の水景を十分に味わえる景観としたいものです。

神楽坂は歴史と現代が交じり合い、広い水景に濃密な界隈が寄り添った稀有で粋なまちです。その価値を理解し、次の世代にしっかりと残すことは、神楽坂のまちづくりの大きな目的ではないでしょうか。

神楽坂まちづくり一喜一憂6回シリーズ、これにて完結です。これからも皆様とともに、一喜一憂しながら、まちづくり活動を続けて参りたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

すずき・しゅんじ

都市デザイナー。ハーツ環境デザイン代表。明治大学客員教授。NPO法人粋なまちづくり倶楽部理事。