第四回 路地を残す制度

前回、日本の都市を取り巻く法律は狭い伝統的な路地を否定する原理で作られているということをお話ししました。建物を建て替えるときには、法律が認める条件に合わせないと再建築ができません。そのまま放置すれば原則論に従った最低でも4mの道路にいずれなってしまうのです。それでは神楽坂の路地は法律の原則にゆだねてこのまま消滅していっても良いのでしょうか。路地が消滅するということは、路地とともに形成されてきた町の風情も大きく変わってしまうということです。実は都市を取り巻く法律にも原則に対して例外的な仕組みが存在しています。

原則4mとされる道路ですがそれより狭い路地を合法的に残す制度がいくつかあります。日本の各地で法律の例外規定を活用して路地を残す取り組みが始まっています。たとえば、大阪の法善寺横町、ここは幅1mぐらいの極めて狭い路地に小さな飲食店が連なる町並でしたが、火災により大部分が消失しました。法律の原則に従って建て替えてしまうと全く元の町並は消滅してしまいます。そこで大阪市と地元は協議をして、連旦建築物制度という例外的な規定を使いました。これはこれまでばらばらに建っていた建物を一つのつながった建物として再建することで、路地を道路ではなく通路として残すことで、火災前と同じような風情を確保しつつ防災性能も確保しました。また京都の祇園では「3項道路」という制度を使って狭い路地と伝統的な町並を保存しています。京都市では地域と連携して条例を作り、道路の幅を4mにしなくても良い代わりに、伝統的な町並の保存と防災設備などを確保する条例をセットとして運用しています。

特殊な事例に対応するために多くの法律は例外規定を設けているのです。ただむやみに例外を認めると、原則がおろそかになってしまうので、通常は例外規定の適用にはかなり厳しい条件が必要になります。路地でいえば、原則論では不要な特別の防災対策や伝統的な町並の保存という地域の努力が必要で、そのことを地域も自治体もしっかりと認識して協力し合える関係が不可欠です。神楽坂が今後このような例外的な制度を積極的に活用して路地とそこに存在する町並空間を残していくのか否か、それは地域の住民がどこまで今の町並を残したいと思うかにかかっているのです。

火事で焼けたあと広がってしまった路地 かくれんぼ横町・わかまつ跡地

ひおき・まさはる

1956(昭和31)年三重県生まれ。1982年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2008年神楽坂キーストーン法律事務所開設。2014年現在立教大学・早稲田大学法科大学院講師。自治体の委員など多数。