第五回 千代田区の超高層ビル群と再開発

神楽坂界隈でここ10年ほどの間で一番大きい変化は、 坂下の交差点から外堀の反対側、千代田区側を見たときに目の前に迫る超高層ビル群でしょう。残念ながら、坂上のあたりからも、神楽坂通りの向こうに壁のようにそびえる巨大なビルの姿が目立っています。

私が神楽坂に引っ越してきた頃、外堀通りあたりで目にする超高層ビルは2000年に竣工した法政大学ボアソナードタワーだけでした。それが今では新たに4棟の超高層ビルが外堀の向こう側に壁のようにそそり立っています。これらは、いずれも千代田区側で進められた2つの再開発により建てられたものです。

ある意味、神楽坂がこれまでの町並みを維持していこうとしているのとは対極にある都市の姿です。千代田区側では、こういう再開発が今後もまだまだ続いていきます。今後超高層の林立する千代田区側と、これまでの町並みを守ろうとする神楽坂はますます対照的な景観となっていくでしょう。このような光景を見ていると日本では再開発とはもっぱら古い街区の建物を全部取り壊して、巨大な超高層ビルを建築するための制度と思っている人がほとんどでしょう。残念ながら日本の再開発はほとんどがそのような計画となっています。

でも世界に目を向けると、古い町を全部取り壊して巨大なビルを建てるだけが再開発の方法ではありません。街区単位で古い建物のうち、劣悪なものだけを取り壊して空間を確保したり、緑地を増やしたり、同程度の規模の良質な建築に置き換えたりしたりして町の質感を高めるような再開発がいろいろなところで行われています。日本でもそのような修復型の再開発事例がもっと増えてほしいものです。

緑豊かな再開発で創られた保育園(ミュンヘン)

巨大ビル群に大規模な事務所や大手のチェーン店が入った千代田区側と、地元の小さなお店や個人事務所などが多数残り、これまでの町並みを維持していこうとする神楽坂、この対比は今後ますます大きくなります。個人的には神楽坂に暮らす人たちが千代田区側に行くことはあまりないだろう、だけど千代田区の超高層で働く人たちは神楽坂の街を楽しみに来るのではと思っています。

日本の人口が急減しつつある中で東京一極集中が言われていますが、それも2020年までです。その後は人口が減少に向かいます。そのときに、巨大なビル街と、人間的なスケールを維持し続けた街のどちらが生き残っていくのだろうか、これからも対極にある二つの街の変化を見守っていきたいと思います。

ひおき・まさはる

1956(昭和31)年三重県生まれ。1982年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2008年神楽坂キーストーン法律事務所開設。2014年現在立教大学・早稲田大学法科大学院講師。自治体の委員など多数。