第二回 超高層マンション問題……反対運動から まちづくりへ

神楽坂通りを歩いた人は、通りに面した建物の壁面と高さがそろっていること、電線がないこと、そこに街路樹が立ち並んで美しい町並を作り出していることに気づくだろう。ヨーロッパでは当たり前のような町並だが、日本ではむしろ例外的である。

この町並は自然に形成されたものではない。長い間神楽坂通りに面した商店の人たちが中心となり、壁面をそろえ、高さを通りからの見かけで6階までに自主規制する自主ルールを設けるとともに、行政とも協議を重ね、まちなみ環境整備事業制度などを活用して電線を地中化するなどの長い努力を積み重ねて作り上げてきたものである。

ところが、こういった地域の人たちの努力を帳消しにするような28階建て超高層マンション計画が坂上にもちあがったのが平成12年のことである。
元々路地が細かく入り組んだ区画だった一帯がバブルの頃に地上げされていたが、新宿区が路地と宅地の交換を行い、道路を周辺に付け替えて土地を一体化することを認めたことからこんな超高層計画が可能になってしまった。
自主的に高さ規制を行ってきた範囲からは少し外れているが、これまでの神楽坂の地域性を全く無視した計画であり、当然のように地域からは強烈な反対運動が起こった。このあたりの詳しいいきさつは、「神楽坂キーワード第2集」に書かれている。

私も自宅の引っ越し早々、この反対運動に関わることになり、区道の廃止処分取り消し訴訟と住民訴訟による区道と宅地の交換契約の差し止め請求の二つの裁判を最高裁まで戦うこととなった。
残念ながら、今の日本の法律は開発事業を止めることは極めて例外的にしかできない制度となっており、裁判で勝つことはできなかった。
しかし街の人たち、あるいは支援してくれた大学の先生や不動産鑑定士さんなどと一緒になって計画の問題点を追求した裁判であり、自分にとっては、この裁判を地域の人たちと戦ったことがその後法律事務所を神楽坂に開設する契機となった事件でもあった。
ちなみに、この計画だが地域の反対を受けて26階にわずかに縮小されてはいる。

神楽坂の人たちは、この闘争から、計画出現後に反対しても手遅れであると言うことを学び、NPOの設立や地区計画の制定など様々な街作りに積極的に取り組むことにつながっている。

私は、その後早稲田大学のロースクールの教員となり、「都市と法」という科目も教えているが、授業の1回目には必ず学生を神楽坂に連れてきて、神楽坂通りや超高層マンションを見せ、経過を話して、法律がどのようにして街を形成しているのかを体験してもらうこととしている。
私にとって、神楽坂はまさに都市法のフィールドワークの場なのである。
フィールドワークの際のもう一つの見せ場が神楽坂の路地である。
路地は建築基準法上はあまり好ましからざる存在ということになるが、学生にその魅力を見いだしてもらい、法律のあるべき姿を考えてもらう格好の素材である。
次回はこの点に触れたい。

ひおき・まさはる

1956(昭和31)年三重県生まれ。1982年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2008年神楽坂キーストーン法律事務所開設。2014年現在立教大学・早稲田大学法科大学院講師。自治体の委員など多数。