陶壁画でメッセージ 第12回 赤いいちごが 宙に舞い

いちご陶壁画 真岡市 3×2.4m 1987

一九八七年、苺の産地として有名な栃木県真岡市のために陶壁画をデザインして欲しいとの依頼を受け、初の経験と喜びチャレンジすることになった。早速いくつかのアイデアスケッチをすれば、一面に白い花の咲く苺畑を背景に、赤い大粒の苺が鳥になって空を飛ぶ風景が生まれる。見たことがないそのイメージは好評ですぐに陶壁画として採用された。そこでディテールも細かく丁寧に描いた下絵をもとに陶壁画の作業は始まり、予定通り芳賀庁舎の玄関に飾られた。しかし懸念したように苺の赤色がさえない。選ばれた釉薬が適切でなかったのか、どうであったのか不満を残す拙作となり、ずっと淋しい気持ちでいた。

ところが設置後三十年経った昨年の五月、栃木県建築課から予期もせぬ知らせがある。苺の陶壁画が新庁舎に移設されるにあたり、私の注文を聞いてもらえることになったのだ。両者の間に益子の藤原陶房さんが入り、移設のためばかりではなく、とりわけ苺の赤色の再現についてノウハウを傾けていただいたことを喜ぶ。

やがて新庁舎四階の明るい大会議室に飾られた赤い苺の陶壁画は、会場に見事に映えて存在感を示し、その左右に並ぶ窓からは白銀に輝く山々の姿も見えて、やっと居場所を探し当てたようであった。

デザインファームシンボルマーク 17×15cm 1975

さて身近なことに飛ぶが、苺の陶壁画をデザインした五年前のこと、矢来町の一角にある私の住まいとアトリエを一つに建て替えたことに関して少し書いてみたい。設計を桑沢デザインの同級生、丸山欣也に依頼し三階建て打ちっ放し鉄筋コンクリートの建物を作った。三階のアトリエは天井が高く、勾配のきつくなった屋根には日本瓦をふく。外観全体が無彩色なのでアクセントにデザインした多色の陶タイルを外壁の四面に点在させる。たまたま高校生を頭に小学生の娘まで私の四人の子供たちが、近くの粘土教室、伊藤先生の教える工房に毎週通って楽しんでいた。この作業にも先生のご意見を拝聴、私のデザインした四タイプの陶タイル作りにも型作りから彩色、焼成まで子供たちと関わっていただくことになる。完成した四タイプのタイルを、道に面した東の壁には球根と鉛筆のアトリエマークを並べ、いちょうの樹がある北側の壁には黄色い落葉、面の壁には赤い蔦の葉を散りばめ、窓の多い南の壁には青い鳥を舞わせる。全体でおよそ五百個の陶タイルを焼成し、あらかじめコンクリートの壁に開けていた穴に埋め込む。どうやら一家を総動員して楽しんだ建築と言えるであろうか。

一年余りで家は完成。毎朝その前を通る幼稚園児の列から壁に貼る球根と鉛筆のマークを見ては、パイナップル、パイナップルと繰り返す賑やかな声が聞こえてくる。タイルが与える印象が、そう錯視させたのだろうが、何故かおかしくておかしくて、子供たちからいつも元気をもらっているようである。

水鳥の家族 益子焼 2.5×2.5m 1987

ゆー・じー・さとー

1935年神楽坂生まれ。東京学芸大学中退、桑沢デザイン研究所卒業。デザインファーム代表。世界四大ポスタービエンナーレ(ブルノ、ワルシャワ、ラハチ、モスクワ)のいずれでも金賞受賞。著書に「U・G・サトー」ggg Books 36、「富士山うたごよみ」俵万智と共著、「あめかな」、「しまうまのさんぽ」など。いずれも福音館書店。