第13回 白黒の反核ポスターでパリっ子たちへ鮮烈アピール

一九九五年、フランスのシラク大統領が南太平洋ムルロワ環礁で核実験をすると発表するや、日本をはじめ世界の人々の怒りの声が続々と聞こえていた。

真夏のポルトガルでのデザイン会議に出席した帰途、私はパリに立ち寄り、一年の半分は当地で暮らす和光大学教授の竹原あき子氏に会い、核実験に反対する日本の声をポスターでパリからもアピールできないかと相談する。

一方数年前、フランス革命二百年祭のポスターイベントに参加して知った気鋭のデザイナー、ジェラール・パリ・クラヴェル氏のアトリエに彼女を携えて訪れ、パリ市内での反核ポスター・パフォーマンスにも力を貸して欲しいと頼めば、協力の可能性大なることを聞いて喜ぶ。

歩くポスター・パフォーマンスを演出したジェラール・パリ・クラヴェル氏

一旦帰国するや私は日本グラフィック協会に属する面々に、迫る核実験に抗議するポスターを大至急FAXで送るよう、仏語によるスローガンも添えて頼めば、一週間で百五十点の力作が届く。それらを一メートル余の大きさに拡大すれば、白黒ゆえの迫力あるポスターになったことを確認、早速パリへ送る。前後して遠藤享、宇野泰行、佐藤浩、木下勝弘、下岡茂、土方弘克、など各氏の協力による反核FAXポスター実行委員会が発足。

さらにこの活動を知った旧友の横山健吾・純子夫妻の熱烈な応援を受けて、霞ヶ関・参議院会館での記者発表にまでつながる。会場に全ポスターを並べての会見では、その様子が朝刊各紙に大きく掲載され、NHKニュースにも続けて取り上げられ反響が大であったことを喜ぶ。折よくジェラールが綿密に企画してくれたパリでのポスターパフォーマンスの日程も知らされ私は再びパリへ飛ぶ。

九月十一日午後、パリ・レピューブリック広場は様々な反核グループでごった返していた。前夜ジェラールの妻イザベルが電話で集めた老若男女、百余人の市民にポスターが手渡され、各人の配列・位置までもが決められた。

やがて様々なグループの先陣をきり横一列九人、後ろに十数列、百余人のポスターパレードが静かに進み始める。沿道の人たちの目にもはっきりとポスターが見えるよう列の間を八メートル余の間隔に保ち、時にはポスターを掴む各人の両手の小指を左右の人のそれと絡ませながら、連帯感を示しつつ横一列につながったポスターを誇示すれば、さながら美術館に並ぶポスター展を見るようでもあった。

マロニエの並木道をバスティーユ広場までゆっくり二時間をかけ、日本のデザイナー百人がそれぞれの個性で描いた反核FAXポスターパレードは、並みのパレードとは全く違って斬新、沿道のパリっ子たちの目を驚かせていた。

パリの人たちが掲げる日本のグラフィックデザイナーたちのポスターパレード。 前列左から大高猛、松永真、友枝雄策、土方弘克、佐藤浩、宇野泰行、U.G.サトー、山田芳信 各氏のポスター(後列にも100余点がつづく)

数日後、道筋を変えて二回のパフォーマンスが行なわれたが、いずれもジェラール・パリ・クラヴェル氏の並外れな情熱と周到な計画があったからこその成果と驚き、その友情に深く感謝するばかりであった。

因みにパレードの前日、シャンゼリゼ通りでオーストラリアの女性グループ二十人に小ポスターを渡しての気ままなパフォーマンスをしたが、たちまちパリ市警に連行、数時間の取調べを受けたことも笑い話として付記しておこう。

ゆー・じー・さとー

1935年神楽坂生まれ。東京学芸大学中退、桑沢デザイン研究所卒業。デザインファーム代表。世界四大ポスタービエンナーレ(ブルノ、ワルシャワ、ラハチ、モスクワ)のいずれでも金賞受賞。著書に「U・G・サトー」ggg Books 36、「富士山うたごよみ」俵万智と共著、「あめかな」、「しまうまのさんぽ」など。いずれも福音館書店。