第六回 フェンスを越えてハトが世界にはばたいた

とり年に因み新年最初の本号では、平和のシンボル、ハトを描いたポスターを取り上げてみよう。

一九七七年、「ネガティヴ・ポジティヴ」と題するセリグラフィによる個展を私は銀座の画廊で発表した。そのうち一枚が冒頭に挙げたもの。誰からも親しまれているハトではあるが、まともに描くよりも、だまし絵風に見せた方がより注目されるのではないか。

机に向い、あれこれ想いをめぐらせていると、近所の子供たちが出入りして遊ぶ空地を囲むフェンスの破れ目が、妙に頭に浮かんで消えない。この発想を生かしスケッチを重ねてゆくと、どうやら意外な表現が生まれそう。

そこでそれぞれの網目を大きく描き、破れ目を飛翔してきたハトの姿にたとえると、柵を越え自由と平和を取り戻す願いが一気に表現されるだろう。余白に「障壁を取り除く絶え間ない努力」の英文コピーを加え、背景をセリグラフィ独特の諧調でまとめれば、ポスターは美しく強く、人々の目を射るに違いない。

こうして刷り上げたポスターを、翌年開かれるフィンランドの「ラハチ・ポスター・ビエンナーレ」に出品したところ、金賞受賞の報せが届いて驚く。

さらに、二年後に行なわれる次回のビエンナーレの国際審査員の一人として推薦され、フィンランドへ出かけることになった。ここでは詳しい選考状況は避けて、開催地ラハチにおける人々との交流の様子を書いてみたい。

初めての北欧だが気負うこともなく、いつも通りの長髪にヒゲ、ジーンズ姿で出かけたが、ヘルシンキ空港に着くや入国拒否の審査に戸惑う。ビエンナーレ側からの招聘状を見せても一向にらちがあかない。困り果て、かばんの底から当時規定外の所持金を見せてやっとOK。理由は、長期不法滞在して迷惑なヒッピーの一人に間違われたらしい。

翌日、列車で一時間半のラハチに着きベンチで待つが、一向に迎えが来ない。やっと現れた二人の女性が言うには、ノーネクタイの日本人は初めてとのこと。

早速、六人の審査員が待つ会場に案内されるや、思いもかけない大歓迎にほっとする。同国デザイン界のボス、アアトマ委員長をはじめ、フィン・エアのロゴマークをデザインしたヴァリス、ポーランドの巨匠シヴェルジィ、問題作で時々騒がすオランダのアントンなど、それぞれ私に近い世代に属し、気取ることなく、ざっくばらん。昼食を済ますと、さっそく湖畔のサウナに連れ出され裸の付き合いが始まる。巨漢アントンの湖で泳ごうとの提案に、ろくに泳げない私だけが加わって、水しぶきを上げての争いに、岸辺で眺める関係者たちを大いに沸かせたと聞いている。

翌日から審査は始まり、広い壁面に展示された大小様々なポスターを一同まずは熱心に見て回る。

終わって私ひとり周辺の様子を探り歩く。白くけむる風景の中、突然大きな鳥のような物体が眼前をよぎりビックリ。やがてスロープから飛び出したスキーヤーの姿だと判るが、一帯は有名なラハチのジャンプ場であったことも改めて知る。

二日目からは、審査員それぞれが意見を述べ合い、賞候補がしぼられていく。ホテルに戻れば、街から街へ移動する楽団が催すダンスの夕べ。審査会を手伝う長い銀髪の美しいカトリーナと呼応。白夜が明けるだろう頃まで早いステップで踊り続ける。

三日目、ほぼ賞候補が揃い、全員で討議。夕刻には金銀銅各賞のポスターが決まる。食後は委員長アアトマ邸の庭に集まり、いつまでも暗くならない白夜の野外パーティ。特につまみもなく、強いウォッカを飲み続ける北欧スタイルに私はついていけず早々に退散。

一日置いて五日目の夜は、いよいよ授賞式。名士たちが招かれ近隣諸国の受賞者たちも集まる。しかし日本の受賞者たちの出席は時間と距離からしてとても無理。審査員の私が代理でメダルを受け取ることに決まる。臨席した日本大使夫妻は、私を見るなり不快な顔で誹謗。栄えある賞を授かるには不似合いな姿と映ったのだろう(アカデミー賞などとはちがうんだけどなあ……)。

話は飛ぶが、この数年後フィンランドのデザイナー達がそろって来日、武蔵野美術大学でポスター展を開いた。翌日、私のアトリエに十数組の夫妻が訪れ、私の妻が手造りした焼鳥やおでんで歓待する。一枚のポスターがきっかけで、両国の交流が深まったことをうれしく思っている。

神楽坂伝統芸能2011のポスター

一九八三年、ピースポスターと一連のフェンス・シリーズの作品にアムステルダムのプリント・ギャラリーから声がかかり個展が開かれた。オープニングには私は出席できなかったが、この企画に携わってくれた同市在住のデザイナー綿野茂さんから、その様子を詳しく聞いている。その後ギャラリーを介してポスターはヨーロッパ各地のメディアに取り上げられた。著名な西ドイツの週刊誌「スピーゲル」の表紙は、トピック記事の映像と合わせて使われ全体の印象が暖色系の色に変わっていたが、こんな使われ方も多くなるだろうと複雑な気持ちでもあった。

ともあれ、平和を希求しながらデザインしたポスターが、ここまで世界に拡がるとは予想だにしなかったこと、ありきたりの一羽のハトが、新たな視点と発想を得て世界のさまざまな所へはばたいたことを喜びたい。

神楽坂伝統芸能2011のポスター

ゆー・じー・さとー

1935年神楽坂生まれ。東京学芸大学中退、桑沢デザイン研究所卒業。デザインファーム代表。世界四大ポスタービエンナーレ(ブルノ、ワルシャワ、ラハチ、モスクワ)のいずれでも金賞受賞。著書に「U・G・サトー」ggg Books 36、「富士山うたごよみ」俵万智と共著、「あめかな」、「しまうまのさんぽ」など。いずれも福音館書店。