第九回 暑い地球とどう向き合おうか?

今年もうだる暑さがやってきた。地球温暖化がいよいよ進むなか、アメリカ・トランプ大統領の身勝手な姿勢が腹立たしい。温暖化対策の国際的枠組み、パリ協定から離脱して、自国の経済的利益のみを優先しようとする方針には唖然として声も出ない。

今から二十年前、京都で温暖化防止国際会議が開かれた後、日本のグラフィックデザイナー達もこぞって温室効果ガス削減の目標に賛同、地球の危機を各人それぞれのポスターに託して世界へアピールしたことがある。

地球温暖化(1997年)

やがて地球の陸地の多くが水没していくだろう様子を、長身のキリンに喩えて描いた下段のポスターは、この時発表した私のデザイン。これを切っ掛けに今後起こり得る地球上の様々な問題を仮想しながら多くのアイデア・スケッチを起こし、個展として銀座松屋のデザイン・ギャラリーで発表することになった。

温暖化に警報(1998年)

「U・G・サトーの白黒」と題して生まれたポスターは合わせて十二点、それぞれ1・75×1・2メートルの大判サイズで迫力十分。すべてシルクスクリーン印刷で刷られ、スミ一色の強く明快なポスターが生まれた。誰もが知っているポピュラーな鳥や動物をモチーフに選び、暑さから逃れるために変身していく様子がわかりやすい。冒頭に掲げたペンギンの黒い衣服を脱ぎ捨てる絵は、端的におもしろおかしく子供たちにも理解された。その後、それ以上に評価してくれたところは、アメリカという国であった。

二〇〇二年、これらのポスターは、ロスアンジェルスのノースリッジ大学アートギャラリーでの「東西レジスタンスのグラフィック」展につながる。ドイツの鬼才、レックス・ドレウィンスキーとの2人展で、描くスタイルに違いはあるが、地球の未来に否を投げる姿勢に変わりはなかった。

会場で筆者と石井麗子さん

久しぶりのアメリカでの展覧会のために、親しい友人の娘、英語の堪能な文学座の俳優、石井麗子嬢を誘ってロスに渡る。この展覧会を主催するCSPG(レジスタンス・グラフィックの収集では世界一)の代表、キャロル・ウェルズさんの事務所を先ず訪れ、世界にも珍しい活動ぶりを聞きながら、そのコレクションの様子を見せてもらう。

起伏の少ないロスの街には退屈したが、大きなブックストアのウィンドや店内までをいっぱいに飾る私たちのポスターを見てはこの協会の活動ぶりに納得。東京をしのぐ寿司種を味わわせてもらった後、麗子嬢のために用意された英語の一人芝居に私はウトウトと舟をこぎながら鑑賞するしかなかった。

地球はどこへ?(1993)

それから十数年、トランプ政権誕生前の昨年の春、気候変動を危惧してCSPGの新たな活動が、ロスアンジェルス周辺の美術館等で開かれたが、あのペンギンがキイ・シンボルになって活躍していることを知らされて納得する。

さて、私はポスターを通じて真剣に地球温暖化を心配してきたのだが、こと己の日常に関しては極めてずさん。ほぼ毎日、仕事は昼頃から三階のアトリエに上がって行い、夜分遅くまで続けることが多い。壁一面に高い天井へ届かんばかりにポスターが貼られて照明の数も多く、エアコンはつけ放し。九時を回って階下から「夕食よっ!」の度々の声にあわてて二階に下りる。食卓に座り、先ずはビール(今はノンアルコール)を一杯、食べ終わればソファにゴロリとしてそのまま上に戻らぬことも多い。時々妻から電気やエアコンの消し忘れをきつくチェックされても、戻って確認もしない横着ぶり。「温暖化反対のポスターなどと偉そうなことばかりぬかして…自分に関してはやりたい放題のまま」など苦情の雨あられに、言い訳のセリフも思いつかず、ひたすら黙して耐えるばかり。

どこかのトランプ氏と変わらぬ己を、ひそかに反省してはいるのだが…。

温暖化対策(1997)

ゆー・じー・さとー

1935年神楽坂生まれ。東京学芸大学中退、桑沢デザイン研究所卒業。デザインファーム代表。世界四大ポスタービエンナーレ(ブルノ、ワルシャワ、ラハチ、モスクワ)のいずれでも金賞受賞。著書に「U・G・サトー」ggg Books 36、「富士山うたごよみ」俵万智と共著、「あめかな」、「しまうまのさんぽ」など。いずれも福音館書店。