第三回 続・義太夫との出会い

さて、前号では学生時代に女流義太夫の存在を知り、女流の三味線弾きである鶴澤寛八(つるざわ かんぱち)師匠の芸と出会うまでのいきさつをお話しました。

ひとことで言うと、寛八師匠の舞台は大らかでぱ~っと華やか、そして迫力もあり、とにかく「かっこいい!」。かなりな美人さんでもありました。

実は初めて聴かせて頂いたのが正確にいつだったのか、演目は何だったのかなどまったく思い出せないのですが、上野広小路にあった本牧亭の二階でわくわくしながら舞台を見ていた(聴いていた)ことだけは、今はなくなってしまった本牧亭の様子とともに鮮明に覚えています。

話はそれますが、本牧亭は畳敷き、入口には留さんとおっしゃったか下足番の粋でいなせなおじさんがいて、客席の後ろには小さな売店があり、前のほうはご常連さんのおじさま方の指定席でした。

寛八師匠は、先代(六代目)鶴澤寛治師匠という文楽の大名人のもとで、その頃はもうすでにあまりなかったような、本当にバチが飛んで来るそれはそれは厳しい修行をなさった方でした。 ※1

そして基本的に女の弟子は御法度の文楽の楽屋のご用も特例でなさり、寛治師匠の京都桂のお宅への送り迎えもしていらしたそうです。寛治師匠に入門なさったときにはすでに二人のお子さんもあり、どんなにか大変なことだったろうと思います。

寛八師匠は子供時分から女流義太夫の師匠のところで修行なさっていらしたのですが、なぜ寛治師匠のもとへおいでになったのかと一度お尋ねしたことがあります。

「寛治さんおしょはん(大阪の女義の古い師匠方はこういう言い方をなさっていました)の芸が好きやってん」というシンプルなお答えでした。

文楽や女流義太夫のおっかけをしていた頃の筆者

また話がそれますが、私が文楽や女流義太夫に出会った当時、すでに先代寛治師匠は他界なされており、私はビデオやテープも含め一度も拝聴したことがありませんでした。しかし大ファンになった寛八師匠、そしてその前から大ファンだった文楽の四代目竹本津太夫師匠(二〇一六年四月より文楽技芸員の方々の芸名表記は「○太夫」に戻りました)を育てられた方と知り、驚くと同時に「私ぜったい寛治さんって人も好きになるだろうな」と思っていました。

そして文楽に詳しい方に津太夫師と寛治師のコンビのテープを聴かせて頂いたとたん、「わぁ、やっぱりこのお三味線大好き!」と予想通りの展開となりました。

最近でも、かつてNHKで放映されたDVDが発売になり、それにはお二方のほか竹本越路太夫師・野澤喜左衛門師という名人コンビの舞台も収録されており、素晴らしい演奏を拝聴することができます。※2

※1 女性は文楽の舞台には出演できませんが、文楽の師匠の弟子になることはできます。現在の私もそのような立場です。

※2 人形浄瑠璃文楽名演集 摂州合邦辻/加賀見山旧錦絵(竹本津太夫・鶴澤寛治/竹本越路太夫・野澤喜左衛門)

つるざわ・かんや

1984年、鶴澤寛八に入門。1993年、豊澤雛代の預かり弟子。2007年、鶴澤清介の預かり弟子。2009年、重要無形文化財総合指定保持者認定。伝統芸能ポーラ賞奨励賞ほか受賞多数。京都造形芸術大学非常勤講師。
詳しくは http://tsuruzawakanya.com/