2018年8月 99号

最終上映日には、必ず行列ができる飯田橋ギンレイホール。名画座という枠にはおさまりきらない様々な活動は、デジタル化の流れに一石を投じるだけでなく、新しい名画座のあり方に挑戦しているようでもある。そこでギンレイホールの代表・加藤忠氏にその多方面にわたる活動をおうかがいしました。(写真提供 ギンレイホール)

98%の映画館がデジタル化した時代に

長岡東京中に名画座が数多くあった時代、私が10代から20代の頃ですが、毎週新宿や池袋にあった名画座に出かけるのがなによりの楽しみでした。振り返ってみると、60年代から70年代は名画座の全盛期で、その後80年代になるとレンタルビデオの店が全国に普及しました。90年代後半からはシネコンが増え、2010年以降、映画館はデジタル映写機の時代になりました。35㎜のフィルム映写機は、まちからどんどん消えていきました。

加藤アナログからデジタルへ、いまや全国の映画館の98%近くがデジタル化しています。急速なこの変化の中で、フィルム映写機は活躍の場がどんどん失われていきました。私の35mmフィルム映写機保存活動は、こうした中で始まったわけですが、それ以前から映画のポスターやスチール写真など、映画資料となるものは映画の文化遺産として大切にしてきました。

長岡ギンレイホールが保存しているアーカイブは、一つの映画館が収容する域をはるかに超えていますね。

昔の映画館の写真はロマンチックな香りが漂う(ラムラ)

加藤先代のオーナー鈴木幸長さんや支配人の潮見洋子さんの時代から「捨てないで残そう」という確固たる信念があって、ポスターやスチール写真などを貴重な映画資料として残してきました。それを私も受け継いできたのです。ポスターなどは埃をかぶって三つ折りのまま館内のあちこちに積んであった、それらを集めてきてズボンプレッサーのように皺をのばせないものだろうかと、クリーニングの白洋舎に相談したんです。ところが断られてしまって。結局、社内でアイロン掛けをすることにしたんです。ちょっと暇にしていた女性スタッフに仕事として任せたのですが、来る日も来る日も1枚ずつ布を下に挟んでアイロン掛けをさせました。今は特殊な高熱加工で紙のしわを伸ばす機械ができているそうですが。

長岡ギンレイホールの30周年、40周年の節目になるとそれらの苦労して磨いてきたアーカイブスがドーンと展示されるのですね。

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