2018年6月 98号

新たなる肉体性への発見

伊藤そうした時代の趨勢の中で、ダンスをやろうという人には個々の濃淡は別として、肉体性の希薄化や喪失への危機感が潜在しているように思います。もちろん一人ひとり違いがあって、手軽に小手先のアイディアで作品を創って事足れりとしているダンサーも少なくありません。でも中には肉体の可能性や限界を追い求めているダンサーたちも沢山います。『カラダという書物』の著者の笠井叡さんは一九七〇年代以来今なお現役の舞踏家として活動し続けており、セッションハウスでも度々踊っていただいていますが、「鰓呼吸」という独特の呼吸法で長時間息切れ一つしないで踊るダンス力には圧倒されるものがあります。これも肉体の可能性、不可能性を考察しながら踊ることの意味を追求してきた笠井さんならではのなせる技だと言えるでしょう。セッションハウスのプログラムは、主に個々の振付家・ダンサーのオリジナリティで成り立つコンテンポラリー・ダンスを軸に企画していますが、日本独特のダンスである舞踏から学ぶことが多々あると考え、「ダンスブリッジ・インターナショナル」というシリーズの中で、昨年初めてBUTOH特集を設け、三組のダンサーに出演してもらいました。その中の一人に麿赤児氏の大駱駝艦から独立して活動し始めた奥山ばらば君というダンサーがいますが、彼は舞踏による身体法を軸にしながら更なる緊張感と強度のある立ち方を模索するなど、肉体へのあくなき追究をしています。また今年創立二五周年を迎えたマドモアゼル・シネマは、ダンスシアターの手法で、ダンサー一人ひとりの肉体が内包している記憶や経験を基にしたダンス物語を創り、言葉をまじえて肉体表現の在り様を追究し続けています。その他独自の肉体表現で作品創りに挑戦する若手ダンサーたちが次々に育ってきてもいる。それらは肉体性の喪失という闇に光射すものとして期待していいでしょう。

奥山ばらば(撮影:伊藤孝)

長岡私が昔からセッションハウスが不思議な場所だと思うのは、そういう魅力的で不思議なダンサーの方々が登場する場所だからかも知れません。神楽坂の中ではセッションハウスは(町名は矢来町ですが)、とてもワクワクする場所です。今年いっぱいで「かぐらむら」も休刊となり、セッションハウスのイベント情報を紹介できなくなるのが残念ですが、これからもすばらしい活動を期待しています。

Idit Herman

セッションハウス

セッションハウスは、ダンスを軸とした舞台芸術のための”地下スタジオ“と、美術の場としてのギャラリー“ガーデン”を備えたアートのための総合的スペース。一九九一年の創設以来、次代を担うダンサー達の育成とコンテンポラリー・ダンスの底辺拡大を図っている。二〇〇五年、第一三回全税協地域文化賞受賞。〇八年、マドモアゼル・シネマの伊藤直子が作品「不思議な場所」の振付で平成二〇年度文化庁芸術祭新人賞受賞。一一年、マドモアゼル・シネマがポーランド・グリフィノ国際フェスティバルで観客賞受賞。

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